サッカーJ1で首位を走るFC町田ゼルビアがロングスローを武器に得点を重ねている。プロの舞台ではふさわしくないとの見方もある手法について、黒田剛監督は「固定観念からの逸脱が進歩につながる」と信じて積極的に活用する。昇格1年目で旋風を巻き起こす町田が、戦術面でも新風を吹き込む。(加藤健太)

◆「繰り返されると消耗する。やられたら嫌」

 ボールをタッチラインから両手で投げ入れるスローインは、近くの選手の足元に届けるのが一般的。対してロングスローは敵陣深い位置で、助走で勢いをつけて相手ゴール前の密集を目がけて放り込む。

町田ー柏 前半、ゴール前にロングスローをする町田・林=町田GIONスタジアムで

 町田はそこからこぼれたボールを拾い、シュートや攻撃の継続を狙う。5月19日の東京V戦の4点目が象徴的だった。後半35分、左サイドからゴール前へのロングスローを、守る東京Vの選手が頭でクリアを試みた。だが大きくはね返せず、ペナルティーエリアの外で待っていたMF柴戸が左足の豪快なボレーシュートを決めた。  ロングスローを投げたDF林は、対応の難しさを守備側の視点で解説する。「蹴って入れるボールよりも勢いが劣るから頭ではね返しにくい。空中で揺れるので落下点も読みにくい」。クリアが不十分だと攻撃を連続で受けることになりかねない。林は「何度も繰り返されると体力も気持ちも消耗する。やられたら嫌」と打ち明ける。  町田は3月30日の鳥栖戦でも似たような展開からゴールを奪い、続く4月3日の広島戦ではオウンゴールを誘った。その後の柏戦では、相手の意識がゴール前に向いた隙を突き、素早く投げてパスをつなぎ、先制点につなげた。

◆黒田マジック「やられて嫌なことは脅威になる」

 話題をさらうロングスローだが、J1では重視されていなかった。昨季まで町田に在籍した元日本代表の太田宏介さんは「高校サッカーで用いる戦術という見方が根強いからではないか」と指摘する。高校生が攻撃に変化を加えようと試みる一手を、洗練されたプロが使うのはふさわしくないとの考えが定着していることも一因と言われてきた。  町田を率いて2年目の黒田監督は、全国高校サッカー選手権で青森山田を3度の優勝に導いた。当時からロングスローを多用。「やられて嫌なことは脅威になる」と町田でもコーナーキックと同等のセットプレーの一つに位置付け、非公開練習で連係を磨く。今季はロングスローが得意な林を横浜FCから獲得し、鈴木とともに両サイドのDFに投げられる選手をそろえた。ぬれたボールで手を滑らせないようピッチ脇にタオルを常備するこだわりようだ。

ロングスロー時にタオルでボール表面の水分を拭き取る町田の林=©FCMZ

 Jリーグの公認データによると、今季の開幕後の5試合のみと母数は少ないが、町田のロングスロー回数はリーグ全体の6割以上を占めた。1チームが1試合で投げる回数は平均0.44回となり、町田の加入で、過去3季の実績と比べて3倍以上に増えた。  他クラブでも、町田に対抗して試した選手が効果を実感し、倣おうとする動きが広がる。昨季王者の神戸の初瀬は町田戦後に「自分も意外と投げられる」と手応えを語り、その後の試合でPK獲得につなげた。C大阪の奥田は今月9日のルヴァン杯後に「投げてみたらチャンスになった。武器にできるかも」と語った。町田が使うたびに「高校サッカーのようだ」と物議を醸してきたロングスロー。異色の指揮官が光を当てた戦術が見直されつつある。

◆選手に葛藤なし「勝つために効率の良い攻撃の一つ」

 町田の黒田監督がロングスローを戦術に取り入れた昨季、選手たちはどう受け止めたのか。当時在籍していた元日本代表の太田さんは「選手に葛藤はなく、むしろどういう練習をするんだろうとわくわくしていた」と明かす。  太田さん自身、過去にロングスローを使うチームと対戦した際に「果たしてプレーする選手は楽しいのかな」と懐疑的に思ったことがあった。  ただ、黒田監督の下で練度を高めたロングスロー戦術を実践すると、「勝つために効率の良い攻撃の一つ」と考えが変わった。「周りに批判されても信念を持ってやり続けた」と振り返った。 

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