◆ロンドン五輪で立石諒が銅メダルを獲得した後
5月上旬、東京・味の素ナショナルトレーニングセンターで公開された競泳のパリ五輪代表合宿。代表コーチの高城さんはリラックスした表情で、男子平泳ぎの渡辺一平(トヨタ自動車)らの泳ぎを見守っていた。その1週間前には、パラ競泳全盲クラスで強化レースに臨む石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)に付き添って横浜市のプールへ。さらに同月中旬からは五輪チームの欧州遠征に同行と、慌ただしい日々を送る。担当する渡辺一平(左)と代表合宿に参加する高城直基コーチ=東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターイーストで
渡辺には一昨年10月から、石浦には昨年の年明けから、どちらも選手側からの依頼を受けて指導を始めた。自主性を重視して伸びしろを引き出し、若くしてオリパラ選手を育ててきた高城さんの元には、パリ大会を目指す選手たちが自然と集っていた。「正論をぶつけて強制することがあまりないので、居心地が良いのかな。もっと担当している子たちをパリに行かせてあげたかった」と苦笑する。 現役時代は平泳ぎが専門。大学卒業後に指導者の道へ進み、2012年ロンドン五輪では、二人三脚で歩んだ立石諒さんを男子200メートル平泳ぎの銅メダルに導いた。「コーチとしての夢は全部立石くんがかなえてくれた」。これからは、自分を必要としてくれる声に応えたい。15年に隻腕スイマーの山田拓朗さんに指導を頼まれ、パラ選手にも関わるようになった。◆「個々の特徴に応じた指導」は障害があってもなくても同じ
障害のあるトップ選手の指導は、特別支援学校の教員や障害者スポーツの専門家らが中心を担う中で、障害に関する知識の乏しい自分にコーチが務まるのか。初めは戸惑いばかり。「手がないことや目が見えないことを、どこまで突っ込んで話していいのか」。だが、山田さんら選手はそれぞれの障害を冗談交じりに明るくいじり合う。楽観的な性格の高城さんもすぐに打ち解けた。「勝手につくっていた壁を本人たちが全部取っ払ってくれた」 個々の選手のレベルや特徴に応じて練習メニューを調整するのは、オリでもパラでも変わらなかった。例えば、片腕の山田さんが両腕の選手と同じくらいの強度や距離の練習をこなすと、けがにつながるので量を減らす。全盲の石浦なら、見て学べないので適宜、手をとって教え、まっすぐ泳げるよう見守るなどの配慮をする程度。「彼らもアスリートなので、障害者として気遣いすぎるのは失礼。甘やかさないようにしている」と話す。ジャパンパラ競泳女子50㍍自由形(視覚障害S11) 東京パラリンピック出場を決めた石浦智美=2021年5月23日、横浜国際プールで
まだ高城さんほどトップレベルでオリパラ両選手を見る指導者はいない。ただ、最近は五輪選手を輩出する強豪大学でもパラ選手の受け入れが進む。元五輪メダリストがパラ選手にフォーム指導する例も出てきた。「障害が重すぎると同じ練習内容は難しいが、軽度であれば一緒にできる。自分の指導の幅も広がる」。かつての自分のように壁をつくってしまう指導者もいるかもしれないが、得られるものは大きいと感じている。◆「ゆくゆくは僕みたいなコーチが普通になれば」
実は、東京大会前から期待していたことがある。「東京オリパラというくらいだから、代表選考会も一緒にやって、オリとパラは合体できそうだね、と明るい未来を描いていたんですけどね」。思った以上に国内でオリパラを別ものとして捉える見方は根強く、パリ大会を目前にしても別々に選考会を開く現実に物足りなさも感じる。 パリ五輪は7月26日、パリ・パラリンピックは8月28日に開幕する。多忙を極める夏まであと2カ月。五輪後は帰国してすぐにパラの国内合宿に合流し、代表チームとともに再度渡仏する強行スケジュールが待つ。渡辺も石浦もメダル争いにからむ可能性は十分にある。「ベストを出し、メダルを取らせてあげたい。ゆくゆくは僕みたいに五輪行って、パラ行って…みたいなコーチが普通になれば」。今はただ、パリで見られる景色を楽しみにしている。高城直基(たかしろ・なおき) 日大卒業後、スイミングスクールなどに勤務し、2014年からプロコーチに。12年ロンドン五輪で指導した立石諒さんが男子200メートル平泳ぎで銅メダル。16年リオデジャネイロ・パラリンピックでは山田拓朗さんを男子50メートル自由形(運動機能障害S9)銅メダルに導いた。慶応大水泳部コーチも務める。東京都出身。
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