「全然楽しみにしていない」。ミャンマーの最大都市ヤンゴンで小さな会社を営む男性(41)は5日、オンラインの取材に言い切った。翌6日、現地で開催されたサッカー・ワールドカップ(W杯)予選ミャンマー対日本戦のことだ。2021年のクーデター後の国軍の弾圧や生活困窮を切々と訴えた。日本でも複雑な思いで試合の日を迎えたミャンマー人たちがいた。(北川成史、宮畑譲)
ミャンマー・ヤンゴンにあるトゥウンナ・スタジアムで6日、日本戦の開始前に並ぶ人たち=現地住民提供
◆好業績はクーデターで吹き飛んだ
男性の会社は従業員約30人。中国などから機械部品を輸入し、国内の工場に売る。民政下の経済成長で黒字だった業績は、国軍のクーデターで一転した。 国軍と民主派や少数民族との内戦が各地で激化し、中国から陸路での輸入が困難になった。日本円換算で年5000万円ほどだった売り上げは半分以下に減り、赤字に転落した。東京都内のミャンマー料理店で6日、日本戦の試合中継を流さないよう要請するソーテイナインさん(左)
「家族のような従業員の首を切りたくない」という男性は、黒字の時の蓄えを切り崩してしのいでいる。◆政治犯は捕らえるが一般犯罪は放置
クーデター後、暗い話が絶えない。人権団体などによると、国軍の弾圧の死者は5200人を超え、国内避難民は約300万人に上る。独立系メディアによると、北部ザガイン地域で3日、国軍が結婚式場を空爆し、38人以上が死亡した。 市民の生活は困窮し、治安が悪化。男性は約1カ月前の昼間、自転車の女性の首飾りをバイクに分乗した4人組が奪おうとしているのを目撃した。警察は政治犯の取り締まりに躍起で、一般犯罪は放置状態だ。日本のサッカーファンに向け、試合が母国の悲劇を覆い隠すものになってほしくないと訴える在日ミャンマー人のメッセージ。SNSなどを通じ発信された
2月、国軍は徴兵制の開始を突然発表した。男性の近所で対象に選ばれた若者は身を隠した。◆「日本は開催に反発すべきだった」
「みんな日々どう生きるかに必死だ。サッカーに興味を持つ人は周りにいない」と日本戦に距離を置く。 当局の監視が厳しいヤンゴンでは、民主派のデモは目に付かなくなった。軍政下の国営新聞の記事は、試合に向けた盛り上がりを演出しようとしていた。 「観客席がいっぱいだとしたら、金をもらった人か公務員だ」。男性はクーデター後、親軍デモが有償で組織された話を引き合いに出し、苦言を呈した。「試合を通じ、ミャンマーは平和だと思わせるのが軍の狙い。日本は開催に反発すべきだった。『日本は軍を応援している』と思われる」◆「正当な政治がない国の代表…認めない」
日本に長く住むソーテイナインさん(54)は6日、東京都内のミャンマー料理店を回り、テレビ中継を流さないように求めた。「軍のプロパガンダを拒むミャンマー人たちの意思を示したい」と力を込める。レーレールィンさんの店には大型スクリーンがあるが、ミャンマー代表の試合は流していないという=東京・日暮里で
日暮里でミャンマー料理店を経営するレーレールィンさん(34)は試合開催に反対する動画をSNSに投稿した。21年5月に前回W杯の予選で来日後、亡命した元ミャンマー代表ピエリヤンアウンさんも店を手伝う。店内の大型スクリーンで、ミャンマー代表の試合は映さない。レーさんは言葉を強める。「ミャンマー人はサッカーが大好き。けれど、今は国軍に弾圧され、命を懸けて戦っている友人もいる。正当な政治が行われていない国の代表を代表とは認めない」 在ミャンマー日本大使館は観戦予定者に向け、治安の不安定さに注意を促す文書を出していた。◆第三国での開催を要求できたはず
「日本の外務省も安全面を不安視している。国軍が無理やり開催していることは明らかだ」。クーデター後、ミャンマーで拘束された経験を持つジャーナリストの北角裕樹さんは指摘する。「日本サッカー協会は政治的な状況も、もっと考慮すべきだった。第三国での開催を要求できたはずだ。ミャンマー人も素直に楽しめなくなった」 試合の背後にミャンマー市民の苦境がある。北角さんは日本の人々に呼びかける。「ミャンマーで何が起き、市民が何を考えているのか。今回の試合をきっかけに想像してほしい」 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。