<ミャンマーの声>
 日本サッカー協会(JFA)がミャンマーサッカー連盟(MFF)とパートナーシップ協定を交わした。期間は3年で、若手選手の育成や女子サッカー強化を支援するという。だが、ミャンマーでは2021年2月に起きた軍事クーデター後、国軍の弾圧で多数の市民が死亡。MFF会長は国軍に近い政商だ。今、協定を結ぶべきなのか。(北川成史、曽田晋太郎)

◆市民が多数死亡「交流している場合か」

協定を結んだJFAの宮本会長(右)とMFFのゾーゾー会長=JFAのウェブサイトから

 東京都内で22日、JFAの宮本恒靖会長とMFFのゾーゾー会長が協定の覚書に署名した。来月6日には、両国代表がミャンマーの最大都市ヤンゴンで、2026年ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の試合を行う。  「多数のミャンマー国民が軍に殺されている状況で交流している場合か。『被害者への思いやりはどこにあるのか』と受け止められる」。同国出身のナンミャケーカイン・京都精華大特任准教授はJFAに憤る。  人権団体や国連によると、クーデター後、国軍の弾圧で5100人超が死亡し、約300万人の国内避難民が発生している。  国軍の影響力が強いヤンゴンは表面上落ち着いているが、地方では民主派側が攻勢に出ており、国軍は激しい空爆を加えている。

◆『サッカーで交流できるほど平和』と誤解を生む

 「協定締結や試合の開催は『ミャンマーはサッカーで交流できるほど平和になった』という誤解を生む」と危惧。協定の凍結や第三国での試合開催を求めた。  MFFは政治的に中立と言い難い。ゾーゾー会長は1990年代に起業し、建設、金融など多業種の財閥を築いた。当時の軍政トップとの近さで知られ、米国から経済制裁を受けた。国連の事実調査団は2019年の報告書で、少数民族ロヒンギャを迫害している国軍に同財閥が多額の寄付をしたと問題視している。

亡命した元ミャンマー代表のピエリヤンアウンさん=2022年3月

 21年5月にW杯予選で来日後、亡命した元ミャンマー代表ピエリヤンアウン氏は「クーデター後、MFFは軍からの独立を表明しなかった」と失望感を示した。  同氏の亡命を支援したジャーナリスト北角裕樹氏は「当時よりも情勢は悪化している」と強調し、JFAの姿勢を批判する。「スポーツと政治は別という議論があるが、協定や試合の開催は『日本は現体制を問題視していない』と軍に政治利用され、日本サッカー界の国際感覚を疑われる」

◆「プロパガンダに利用される可能性を自覚すべき」

 MFFとの交流に関する「こちら特報部」の質問に、JFA広報部はメールで回答した。国際サッカー連盟(FIFA)は規約でサッカー協会への政府の介入を禁じ、違反した場合は資格停止処分を科すこともあるが「現時点でMFFに処分はなされていない」と説明。JFAは18のサッカー協会や大陸連盟などと協定を結び、特にアジアでのサッカーの普及・発展に力を入れているとした上で「MFFとの協定もアジア貢献活動の一環となる」という見解を示した。  サッカーに詳しいジャーナリストの木村元彦氏は「ミャンマーでは反クーデターのデモに参加した23歳以下サッカー代表の選手が国軍に殺害された。なぜその独裁政権が続くこのタイミングで3年間の協定を結んだのか」と指摘。「宮本会長とゾーゾー会長の2ショットが取り上げられているが、軍政の正当性を主張するプロパガンダに利用される可能性を自覚すべきで、サッカーに政治が持ち込まれる危機感を持った方がいい」とくぎを刺す。  過去には元日本代表の本田圭佑氏が、一党独裁化したカンボジア政権下で、同国代表のゼネラルマネジャーを務め、国際人権団体に批判された。日本サッカー界の人権感覚について、木村氏は「政治に関係なく夢を与えたいだけという思いだろうが、人権迫害を伴う政権によるスポーツウォッシング(スポーツで不都合な事実を洗い流す行為)の危険性を見極める必要がある」と警鐘を鳴らす。 

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