新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に移行されて8日で1年。感染拡大の渦中に静まり返っていた各地の観光地や繁華街は、かつてのにぎわいを取り戻したように見える。その一つ、九州最大の歓楽街・中洲(福岡市博多区)を訪ねると、コロナ禍をきっかけにできた“店”に新しい人の輪が生まれていた。
4月の土曜の午後2時。バーやクラブがひしめく夜の街・中洲の一角で、早々と店のちょうちんに明かりがともる。月5日ほど、日中(午後2~6時)だけ開く「昼スナック(昼スナ)」が営業時間を迎えた。
店の名は「昼スナ スナックひきだし中洲店」。扉を開けると、ママのフィッシュ明子さんが「いらっしゃい」と出迎えてくれた。カウンター席など店のしつらえは夜のスナックそのもの。メニューはクラフトコーラや八女茶などアルコール以外もさまざま。赤ちゃん連れや老夫婦など、昼の営業だからこそ来られるという人が珍しくない。この日も20人ほどの客で満席になった。
コロナ禍で始めた店
店を始めたのは2021年のことだ。フィッシュさんは社会福祉士やキャリアコンサルタントなど多彩な顔を持ち、コロナ禍前は企業の海外進出を支援する事業を手掛けていた。だが、未曽有のウイルスの感染拡大で、国は20年春、最初の緊急事態宣言を発令し、繁華街からにぎわいが消えるなど社会経済活動が停滞。「ステイホーム」が叫ばれ、人と人との接触は制限され、フィッシュさんの事業も立ちゆかなくなった。
「自分がやろうとしていたものがそんなに重要じゃなかったと突きつけられた」。世間に目を向けると、同じように仕事や役割を失い、自らが存在する意味を見失った人があふれていた。「人は『役に立たなくちゃ生きていけない』と思い詰めてしまう。『ただ生きているだけでいい』と伝えたい」。つながりに制約のあるご時世にあって、フィッシュさんは世代も職業も関係なく昼間に気軽に訪れられ、語れる場を欲した。そんな中、東京で昼スナを開いていた知人にママ業を勧められた。
店は「役にたたなくてもいい場所」が合言葉。フィッシュさんも飲食業の経験がなく「酒をつぐのが中洲で一番下手」という。それでもたわいのないやりとりで生まれる客の笑顔に触れ、「何もできない自分を受け入れることが、お客さんがありのままでいられる空間になる」とその価値に気づいた。
「今、必要な場所なんだ」
開店当初から、SNS(ネット交流サービス)で営業予定を発信すると、すぐ予約が埋まり、北海道など遠方からも客がやってきた。合言葉を聞いて涙ぐむ人もいて「今、必要な場所なんだ」と確信を深めた。
24年2月からは常連客の紹介で、男性(50)をボーイとして雇い入れた。男性は勤め先の倒産を機に職を失い、15~19年に福岡で路上生活を送った。後に病気が見つかり入院したことで福岡市内で路上生活者を支援する団体などの支援を受け、生活を立て直した。
男性はホテルや旅館での接客経験を生かしてカウンターに立つ。来店客に尋ねられれば、一人の路上生活者の思いを知ってもらうため、これまでのことを隠すことなく率直に語る。男性は「ここは久々にまだ自分にもできることがあると思わせてくれた場所」と言う。その横で、フィッシュさんは「思い悩んできた人生の話でも、偶然居合わせた人に受け入れてもらえることで、存在を認め合えて居場所になるのがスナックの魅力」とほほえむ。
開店から3年がたち、昼スナは語らうだけでなく、市内のホームレス支援団体を題材にした映画の上映会も企画するなど新たな社交場として育ちつつある。フィッシュさんは、コロナ禍で強制的に立ち止まらざるを得なかった時期を振り返り「確実なことはないと痛感した日々だったからこそ、変化を受け入れて人生を生きる大切さに気づかされた。だから『役にたたなくてもいい』という昼スナの合言葉も価値を見いだしてもらえた」と語る。「世の中のものさしにとらわれずに、自分の人生を大切にしていい」。そう安心する居場所として続けていくつもりだ。
引き続き警戒が必要
感染者数の集計は5類移行に伴い、全数把握から1医療機関(定点)当たりの数に変更された。厚生労働省によると、5類移行後は夏にかけて感染が広がり、2023年8月28日~9月3日に定点当たり20・5人が確認され、この1年で最大のピークとなった。冬場の24年1月29日~2月4日にも同16・15人まで増加したが、現在は落ち着いている。
コロナ禍に時短営業など制約があった外食業界には好調さがみられる。日本フードサービス協会(東京都)によると、外食産業の年間売上高は23年にコロナ前(19年)並みに回復。24年はインバウンド(訪日客)による観光需要の後押しもあり、3月の売上高は19年比113・5%となった。
医療機関受診時の国の公費支援は終わり、24年4月から治療費などは自己負担となった。福岡市医師会の平田泰彦会長は「検査自体を控える人が出ることが懸念される。感染を自覚しないままの行動で感染を広げる可能性があり、引き続き警戒が必要だ」と話した。【田崎春菜、平川昌範】
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