ジャーナリストの伊藤詩織さん(35)が監督した映画「Black Box Diaries(ブラックボックス・ダイアリーズ)」が日本時間18日、第97回米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞の候補15作品に選ばれた。日本人では初めて。
映画「Black Box Diaries」の一場面(ⓒBlack Box Diaries)伊藤さんは同日、沖縄タイムスの取材に応じ、「社会にはびこるブラックボックスを放置することで、多くの人生が傷つけられている」と語った。沖縄で相次ぐ米兵による性暴力の被害者には「自分の真実を信じて」と語りかけた。
作品は、伊藤さんが元TBS記者山口敬之氏から受けた性暴力の真実を明らかにしていく過程を自ら描いた。アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞の「ショートリスト」15作品に、169作品の中から投票で選出された。来年1月にノミネート5作品が決まり、同3月には受賞作が発表される。
10月から米国や英国で公開され、映画祭でも受賞を重ねている。日本公開の時期は未定。
映画「Black Box Diaries」の一場面(ⓒBlack Box Diaries)―米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞の候補に選ばれるなど、作品への国際的な評価が広がっています。
「長い年月をかけてチームで製作してきた作品が、このように注目していただけたことをとてもありがたく思います。賞は、あくまでその過程のひとつの形に過ぎないかもしれませんが、この作品がより多くの方々に届き、世界や日本で新たな視点や対話のきっかけとなることを願っています。監督として、そしてこの物語を生きた個人としても、そうした広がりを心から願っています」
―世界各地での上映が先行しています。観客からはどんな反応がありますか。
「女性だけではなく、男性、トランスジェンダーの方を含む、本当に多くの性暴力サバイバーの方々が上映後の質疑応答で自分の経験を踏まえ、映画を見て感じたことなど語ってくれました。残念なことに世界のどこであっても性暴力は存在して、それは決して日本だけの問題ではない。そして性暴力は力のアンバランスな関係性の中で起こるだけではなく、権力が乱用されて起きる場合が多い。権力と性暴力の問題は切り離して考えられないと思います。たくさんの人がこの映画のメッセージを受け止めてくれて、EU(欧州連合)、英国会からバングラデシュの市民団体まで世界のあちこちで『ブラックボックス』を開けるよう働きかけるキャンペーンが起きています」
―ブラックボックスを支えているのは誰だと考えますか。
「『ブラックボックス』という言葉は警察、検察からよく聞いた言葉で、当初は『密室の性犯罪は捜査が難しい』という意味でした。しかし、その後、権力、メディア、司法の場にもブラックボックスが存在していることに気づきました。」
映画「Black Box Diaries」の一場面(ⓒBlack Box Diaries)―この作品で伝えたかったことは
「私たち一人一人がブラックボックスの存在を無視し、開けずにいることで、多くの人生や尊厳が傷つけられています。だから、この作品はそのブラックボックスを開けていくようなストーリーです。レイプ事件そのものではなく、その後、社会やメディア、司法制度がどのように対応したのか、しなかったのか、それがどうサバイバーの人生に与えるのか、という影響を描いています。そして、『性犯罪の被害者は泣いているもの』『ドレスコードはこう』など枠にはめようとする固定観念や『完璧な被害者』像にノーを突きつけたいと思いました」
―製作を通じて、被害に向き合うのは困難だったことと思います。
「被害者としての自分の感情と向き合うことからずっと逃げていました。400時間以上の思い出したくない当時の映像と向き合う作業は簡単ではありませんでした。編集には4年間がかかりましたが、やめようと思ったことは一度もなかったですね。私の日本にいる妹や友人、そしてこれから社会で生きていく次の世代のために、性暴力をここで断ち切らなければという思いがありました」
映画「Black Box Diaries」の一場面(ⓒBlack Box Diaries)―沖縄では米兵による性暴力が相次ぎ、22日は抗議の県民大会も予定されています。
「長年にわたり沖縄が本土や米国の権力構造の中で置かれてきた状況が、これらの事件の背景にあると感じます。歴史的な犠牲と抑圧の長い連鎖の末に、基地の存在や分断、さらには権力の乱用が続いているのが現実です。私たちは一つ一つの事件に目を向けると同時に、権力乱用の構図そのものを見つめ直すことが重要だと思います。最近の事件では被害に遭った少女が裁判で5時間もの尋問に耐えなければならなかったことを知りました。彼女が性暴力の傷も癒えない中、司法から傷口に塩を塗られているような状態です。被害者が安心して声を上げられる仕組みを社会全体で作っていく必要があると考えます。そして今も性被害で苦しんでいる人には『自分の真実を信じて』と伝えたい。誰がどう言おうと、何が起きたかは自分が一番知っているのだから」
―被害を受け、映画を製作する困難な道のりの中で、希望を感じたことはありますか。
「事件現場となったホテルのドアマンが、勇気を持って事実を証言してくれました。権力を持つ人々が沈黙する一方で、彼はブラックボックスを開けようとしてくれた。私にとってのヒーローです。その勇気が、作品を通じて波紋のように世界に広がっていることを感じます。事件直後は、自分が一番忘れたかったこの記憶と8年間向き合い映画にするなど想像できませんでした。あの時の自分にもし話せるなら、『あなたは大丈夫だから自分の真実を信じて』と伝えたいです」
(聞き手=編集委員・阿部岳)
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