南海トラフ巨大地震への備えや近年の自然災害の激甚化で防災意識が高まり、民間資格の「防災士」が注目されている。登録者数は全国で30万人を突破し、10月末時点で愛媛県は全国最多となった。一方で、資格を活用できる機会が限られているという指摘もある。専門家は「今後は数を増やすだけでなく、知識のレベルアップや能力が発揮できる体制を整える必要がある」と問題提起する。
東京を抜いて愛媛が最多に
「支援物資を保管する場所はどこにしましょうか」。松山市で4、5日に開かれた県主催の防災士養成講座で、受講生たちが避難所内の配置について意見を交わしていた。約170人が参加し、会場は空席がないほどの人気ぶりだった。県は2011年度から自主防災組織を対象に無料養成講座を開始。現在は学校や社会福祉施設、企業など対象を拡大し、24年度は計20回実施予定だ。県によると、通常は資格取得に数万円かかるが、受講料や教本代など費用は全額県と各市町などが負担しているという。
自治体などの後押しもあり、愛媛県では資格登録者数が大幅に増加。NPO法人「日本防災士機構」(東京都)が毎月公表しているデータでは、10月末時点で愛媛県が2万4835人を記録し、長年全国1位だった東京都(2万4742人)を抜き、初めて首位にたった。
実際の活動はどんなの?
被災地では防災士はどんな活動をしているのか。1月の能登半島地震で被災した石川県輪島市門前町七浦地区。同地区長会の会長で防災士の伏見孝一さん(75)は「日ごろの防災意識の高さが役に立った」と話す。地区では地震で住宅倒壊や道路寸断などに見舞われ、公民館など8カ所に約200人が避難。9月の豪雨災害でも避難所が設けられたという。
地区内の防災士は伏見さんを含めて19人。全員が被災したが、避難所に泊まり込むなどし、住民の安否確認や支援物資の仕分けなどにあたった。伏見さんは「避難所運営や住民の状況把握など、日ごろの訓練が生かせた。防災知識を持つ人が多いと助かる」と話す。一方で、防災士には決定権がないため、医療や介護の専門家との連携などで課題も見えてきたと指摘。「想定外の出来事など、被災して初めて分かったこともある。座学だけでなく、被災地の視察や被災者に体験談を聞くなどの実用的な学習も必要だと思った」と振り返る。
資格を生かせない側面も
「防災大国の日本にとって重要な資格だが、うまく活用できないとみられている一面もある」と話すのは、防災行政に詳しい関西大学社会安全学部の永田尚三教授だ。民間資格のため権限がない上、習得した知識の活用方法はおおむね個人に委ねられているため、資格を生かせる人とそうでない人との差が生じているという。
愛媛県では、活用促進の一環などとして、数年前からスキルアップを目的とした講座を開催。浸水時の歩行など実技訓練に取り組むほか、各地域の防災士が意見交換や活動報告できる機会も設けている。また、松山市でも24年度から知識向上のためのフォローアップ講座を実施するなど、各自治体でサポート体制が広がりつつある。しかし、開催頻度の少なさや参加者が限定的になっているなど、十分な受け皿になりきれていないのが実情だ。
永田教授は「愛媛のような地域を除き、全国的にまだ体制は整っていないところが多い」とし、「災害時も行政との連携がなければ活動しにくいのが現状だ」と解説。特に近年は想定を上回る自然災害が発生し、LGBTQなど性的少数者やペット同伴者といった避難者の多様化、防災を取り巻く状況も変化している。「レベルアップ講座の受講必須化や資格の更新制、知識レベルごとに階級を分けるなど、常に最新の情報に対応できるようにする必要がある。創設から20年が経過した今、社会的信用性を高める時期にきているのではないか」と話している。【広瀬晃子】
防災士とは…
NPO法人「日本防災士機構」(東京都)が認定する民間資格で、阪神大震災を機に2003年に創設。地域や職場の防災力を高め、災害時の避難や被災地支援に貢献することが求められている。取得には養成講座を受講後、試験に合格して救急救命講習を受講する必要がある。年齢制限がなく、取得者は小学生から80代以上の高齢者まで幅広い。登録者数は30万2544人(11月末時点)。
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