建長寺で初めてブロンズ模型を触る大下歩さん(左)と、その姿を見て感極まる母の利栄子さん=神奈川県鎌倉市で2024年4月21日、宮武祐希撮影

 国の重要文化財である建長寺(神奈川県鎌倉市)の仏殿前に、50分の1のブロンズ模型が設置された。精巧に再現された仏殿は誰でも触ることができる。手を使って新たな発見につなげるのが狙いだ。

 21日の除幕式には、発案した大下利栄子さん(64)が全盲の次女歩さん(27)と出席。「ファーストタッチ」で歩さんが模型に触れると、利栄子さんの目から涙があふれた。

 構想のきっかけは2014年。旅行先のポルトガルで、世界遺産「ベレンの塔」のブロンズ模型と出会ったことだ。「目の見えない人も、見える人も一緒に観光を楽しめる『触る模型』を作りたい」。10年間の思いが形になった。

世界遺産「ベレンの塔」を訪れた大下利栄子さん。右はブロンズ模型=ポルトガルで2014年11月21日(大下さん提供)

 小児がんで視力を失った娘と、旅先の感動を十分に分かち合えないもどかしさも感じていた。例えば、知人と奈良県の東大寺を旅行した歩さんに、感想を聞いた時のこと。歩さんから「静かなひんやりした部屋以上のものにはならなかった」と言われた。目の前にある国宝の大仏殿、世界遺産に感動するどころか、「娘はシカにせんべいをあげた経験だけが残ったことに衝撃を受けました」と苦笑いで振り返る。

 京都市の国宝・三十三間堂では、目が不自由な人のために模型が設置されている。ここで忘れられないエピソードがある。本堂の模型を触った歩さんが「三十三間堂なのに、(柱と柱の間が)35あるよ」と言い出した。利栄子さんが僧侶に尋ねると「両端に廊下があるので、その分だけ一つずつ余計にあるんです。だから35で正解です」と答えたという。目が見えても、気がつかない。触って知ることの驚きや面白さ、模型の可能性を強く感じた瞬間だった。

 僧侶との会話が弾み、気が付くと周りには人だかりができ、「触りたい」と子どもたちが寄ってきた。歩さんは「建物は説明されても頭がぼーっとしてしまうけど、模型だと自分から情報を取りに行けるし、楽しめる」と触る模型の意義を説く。

 模型の設置を鎌倉市に相談し、建長寺が趣旨に賛同。昨夏からクラウドファンディングを開始し、約650万円を集めた。「みんな、一緒の世界が必要だと共感してくれたので、そのシンボルになると感じた」。だからこそ、模型は簡略化せず、より正確に作ることにこだわったという。

 除幕式後、出席者らが模型の周りに集まった。次々と模型に触れる光景を見て、利栄子さんは「視覚障害者は社会で孤立することが日常生活で起こっている。(健常者も)視覚障害のある人も一緒に楽しめる機会を作りたかった」と達成感をにじませた。

 東京都板橋区から来た中学2年生の久保田光一さん(13)は「視力が0・1と弱くて2階部分がほとんど見えなかった。触ってみて初めてどういう構造なのか分かってびっくりしました。日本全国に広がって、他の有名なお城や神社も作ってくれたら視覚障害者の人も楽しめると思う」と笑顔を見せた。【写真・文 宮武祐希】

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