選択的夫婦別姓を求めて国を提訴した西清孝さん(左)と佐藤万奈さん=札幌市中央区で2024年11月3日午前11時41分、後藤佳怜撮影

 「恨んでるよ」。そう言われるまで、妻に1人で背負わせた「改姓」の重荷が見えなかった――。札幌市の会社員、西清孝さん(32)は、妻の佐藤万奈さん(37)と結婚後1年足らずで離婚した。そこで初めて、女性の95%が改姓する不均衡に気づいた。「男性こそ当事者だ」。2人は今、パートナーとして同じ歩幅で人生を歩む。

 法律婚を希望したのは西さんの方だった。

 医療専門職だった2人は2015年に勤務先の病院で出会い、19年に結婚することになった。西さんは「結婚と言えば婚姻届を出す法律婚」と漠然とイメージしていた。

 一方、佐藤さんは悩んでいた。「佐藤」はありふれた名字かもしれないが、「西万奈」では自分が自分でなくなるように感じた。

 だが、これから一緒に生きる好きな人に改姓を強いたくもなかった。「私は名字を変えたくないし、あなたに変えてほしいわけでもない。事実婚でもいい」と伝えた。

 そんな葛藤を西さんはあまり理解できなかった。親族から「事実婚って結婚といえるの?」と心配されたこともあったといい、「名字を変えたくない気持ちは分かった。けど、『最後は変えるでしょう』と思い込んでいたのかもしれない」と当時を振り返る。

 結局、佐藤さんは「私が改姓すれば丸く収まるのかな。私のせいで困らせてしまっているのかな」と揺らぐ気持ちを抱えながら、婚姻届を書く日を迎えた。

 名字を選ぶ項目で「夫の氏」の欄にチェックを入れながら、結婚をうれしいと思えていない自分自身にショックを受けた。門出の日を迎えた2人の心は、すれ違っていた。

 名字を失ったストレスは、佐藤さんの心身に影響を及ぼした。職場では旧姓の通称使用が認められておらず、名札やカルテ、データベースから「佐藤万奈」が次々と消えていった。

 これまで通り佐藤と呼んでほしいと言うと、1人の上司に「君はもう西だろう。どうして旧姓にこだわるんだ」と言われた。書類の確認印を佐藤で押し、「西で押し直して」と指導されたこともある。

 食事ができなかったり、仕事中に涙が止まらなくなったりすることが次第に増えていった。医師の診断は適応障害。10年以上勤めた大好きな職場を退職せざるをえなくなった。

 「恨んでるよ」。どうしようもない思いは、強い言葉になってこぼれた。西さんは衝撃を受けた。

弁護団とともに第1回口頭弁論に向かう原告の西清孝さん(右から3人目)と佐藤万奈さん(同4人目)=札幌市中央区で2024年10月21日午前10時54分、後藤佳怜撮影

 「僕は一番大事にしたい人に、恨まれるようなことをしてしまったんだ」。寄り添うためにすぐに事実婚に変えることを決断。法律婚から約9カ月後、2人は「ペーパー離婚」をした。

 そこから西さんは変わった。選択的夫婦別姓制度を求める動きについて調べ、佐藤さんと話し合うようになった。佐藤さんがSNSで知った、地方議会に働きかけをする運動「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」にも参加し、2人で議員事務所を巡った。家庭では、政治や社会問題に関する会話が当たり前になった。

 いつの間にか、2人の心は同じ方向をむいていた。佐藤さんは、西さんの変化に「分かってくれたから、ずっと一緒にいられると思えた」と信頼をにじませる。「女性の改姓が当たり前の社会では、名字を変えたくない気持ちに気づけない構造的な問題もある。2人でできることから行動していきたい」とほほえみあった。

 今年3月、2人は選択的夫婦別姓を求める訴訟の原告になった。夫婦別姓が選べない民法と戸籍法の規定が、個人の尊重を定める憲法13条などに違反するとして、国に損害賠償を求めている。

 西さんは札幌地裁に提訴した時の記者会見で「男性が当事者意識を持てていないことが、この問題が進まない原因の一つ」と話し、世の男性に呼びかけた。

 「『自分は名字を変えたいか?』と考えてみてほしい。僕は変えたくなかった。自分が改姓したくないのに『女性は変えたいはず』と思うのは幻想。制度上は男女平等に見えても、非対称な問題だと知ってほしい」【後藤佳怜】

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