全盲でありながら、プラネタリウムの解説を担ってきた女性がいる。石川県加賀市の木下真由さん(49)。加賀市の児童センターに併設されたプラネタリウムで、視覚障害者も楽しめるよう説明に工夫を凝らしてきた。今年1月の能登半島地震による被害でプラネタリウムは運営停止に。失意に落ち込む中、SDGs(持続可能な開発目標)をテーマに大阪・天王寺動物園で11月10日に開催される「移動プラネタリウム」を使ったイベントで、解説してほしいと依頼が届いた。「動物園を訪れる子どもたちに、星の世界とつながるきっかけをつくりたい」。約10カ月ぶりとなる星空のガイド役に胸をときめかせている。
加賀市内の病院で、准看護師として人工透析などを担当していた。初めて異変を感じたのは31歳のころ。視界に突然、暗いもやが出ることがあった。すぐ元に戻ったため気に留めなかったが、33歳になると倦怠(けんたい)感が強くなり、ひどい頭痛に襲われるようになった。
健康診断では異常がなくさらに4、5年我慢していると、視野が欠ける症状が再発。眼科を受診すると脳神経外科を紹介された。診断は脳腫瘍の一種、髄膜腫で、視野が欠けたのは腫瘍が視神経を圧迫していたためだった。視力は徐々に悪化し、失明。39歳の時に手術を受けたが、視力は回復しなかった。
失明で看護師辞め、児童センター職員に
失明したことで、勤務先の病院も退職した。天職と思っていた看護師の仕事を辞めたことは「目が見えなくなったことよりもつらかった」と語る。失明後、全盲で生活や就労するための訓練を受け、2021年に市社会福祉協議会が運営する山中児童センターの補助職員になった。センターには60席あるプラネタリウムが併設されていた。「来場者に星の解説をしてみませんか」。宇賀神曜子所長(66)のこの提案が、大きな転機になった。
自らも解説を担当していた宇賀神さんは、かつて幼稚園児らが観覧に訪れた際、目の不自由な園児が所在なくうつむいていたことが強く印象に残っていた。「木下さんなら、視覚障害者も楽しめる星座のガイドができるかもしれない」。そう考え、木下さんに解説の仕事を勧めた。
張り付けた竹ひご触って星座覚え
それまで天体に興味が無かったという木下さん。「えっ、星座」と思ったが、光を失ってからも「誰かの役に立ちたい」と思い続けていたこともあり、「やります」と即答した。「学芸員じゃない私でもできた。だからきっとできる」と宇賀神さんに励まされながら、二人三脚での試行錯誤が始まった。星座の形は古い本に竹ひごを張り付け、星の等級は大きさの異なる盛り上がったデコレーションシールを使って違いを表現し、指でなぞって覚えた。
これまでの原稿を基に、見えない人にも分かる解説も考えた。方角を南なら「6時の方向」と時計の針の方向で示すように工夫した。1回の解説は約30分。木下さんの夫、厚生(あつお)さん(50)が原稿を読んで録音し、それを繰り返し聞いて覚えた。「覚えることが楽しかった。頭の中に星空が少しずつ完成していった」と振り返る。
約1年の準備を経て、22年1月から実際に解説するようになった。視覚障害のある人も楽しめる解説は評判を呼び、石川県内に限らず、隣の福井県や関東からも人が来るようになった。「目の見えない人が涙を流して喜んでくれたと聞き、やってよかったと実感しました」
能登半島地震へて「移動式」に出演へ
今年の元日、能登半島地震が石川県を襲った。加賀市は震度5強だったが、プラネタリウムのドームはゆがみ、星空を投影できなくなった。再開のめどは立たず、「私はもう星空の解説をすることはないんだろうな」とふさぎ込む日々が続いた。動物と環境問題を絡めたイベント「SDGzoo」の一環として天王寺動物園で実施される「移動プラネタリウム」に、震災被災者の応援と障害者理解の促進のため解説役として招待されてから、「ようやく前向きに考えられるようになった」と打ち明ける。
今回移動プラネタリウムを提供するのは、病院などに出張してプラネタリウムを上映する活動を続ける山梨県の一般社団法人「星つむぎの村」。直径7メートル、定員25人のドームを動物園内の屋内施設に設置し、ドーム内部の天井にプロジェクターで星座を映し出す。
共同代表の高橋真理子さん(54)は「病気や障害で外で夜空を見ることができない人と星空を共有することが、活動の原点の一つ」と述べ、全盲の木下さんが解説する企画に共感。「障害者だからといって、支援されるばかりじゃない。木下さんが解説する姿が、他の障害者を勇気づけると思う」と期待する。
この移動プラネタリウムの企画は、プラネタリウム誕生100周年を記念した日本プラネタリウム協議会記念事業の公認企画にもなっている。「動物園で開催するので、園内にいる動物の星座を子どもたちに面白く伝えたい」と木下さん。開催が近づくにつれ、解説の練習に熱が入る。【柴山雄太】
木下真由(きのした・まゆ)
1975年生まれ。石川県加賀市出身。市内の高校を卒業後、漆器工場に就職したが、祖母の入院をきっかけに看護師の道を志した。病院で看護助手をしながら、看護師の専門学校に通い、准看護師の資格を取得。漆器工場勤務時代に同僚だった厚生さんと失明後の2019年に結婚した。
「SDGzoo」4動物園で開催
毎日新聞社は、大阪市の天王寺動物園と協力し、動物を通じて子どもたちに環境問題をより身近に感じてもらおうと、国連が提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」と英語の「ZOO(動物園)」を絡め、「SDGzoo」と名付けたイベントを2022年から年1回実施している。昨年からは神戸市立王子動物園、今年から京都市動物園とも協力してイベントを展開。来月には埼玉県の東武動物公園でも開催される。
天王寺動物園では、毎年約20日間の日程で実施。動物と環境とのつながりを学べるクイズラリーのほか、土、日曜日に行うメインイベントでは識者や飼育員による「いきもの教室」を開いてきた。今年は10月22日から11月10日まで開催し、11月9日と10日にメインイベントを実施。10日には木下真由さんがガイドを務める移動プラネタリウムのほか、動物の骨を触り生き物について学ぶ「手で見るいのち」なども行う予定だ。
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