新聞への風当たりが強まって久しい。インターネット上では「オワコン」(終わったコンテンツ)とやゆされることもある。だが、対ロシア外交の第一線で活躍した元外務省主任分析官で、作家の佐藤優さん(64)は、新聞がなくなれば「極端な階級社会になる」と警鐘を鳴らす。「新聞の応援団」を自称する佐藤さんにその魅力を聞いた。
<この記事は「新聞週間」(10月15~21日)に合わせた日本新聞協会と毎日新聞をはじめとする加盟社の共同企画です>
「事実の認識と評価を分けてできる」
――日本で新聞の発行部数は年々減り、若者もあまり読まなくなっている。
佐藤 新聞はすごく重要。なぜかといえば、感情をかき立てられることなく、ニュースに触れられる数少ない媒体だからだ。
他の媒体が流すニュースは、映像や動画などで感情をかき立てられがちだ。新聞は、まずはファクトがあり、事実の認識と評価を分けてできるのがいい。
――若者に読んでもらうには?
佐藤 今の若い人に「そもそも論」や「べき論」はあまり響かない。
だから、私は大学の教え子たちに就職活動に絡めて「新聞はすごく重要だよ」と話している。
メリットを伝えれば、学生は積極的に読んでくれる。新聞は社会における知のベースを作っているので「民間企業でも公務員試験でも、最大の面接対策になる」と伝えている。
学生も「新聞を読み始めると、意外に面白かった」といった反応を寄せてくれる。
「バックグラウンドの知識が欠けている」
――記事の量が多かったり、内容が難しかったりして、読みこなせない若者も多いのではないか?
佐藤 学校教育で早い段階から新聞を読んでもらうとよいと思う。そして、読みこなせるところまで引き上げるのは、大人の仕事だ。
私は大学のゼミの時間に、学生と一緒に新聞を声に出して読みながら、それぞれの記事の言葉や書きぶりには、どんな意味が込められているのかを議論するようにしている。
新聞は、中学校までの学習内容が身についていれば、理解できる内容になっている。新聞を読んで意味が分からないのは、バックグラウンドの知識が欠けているからで、これを避けていてはいけない。
「中学3年までの知識で読めるんだよ。今の段階で分からなかったら分かるようにしないとね」と話せば、自発的に読むようになる。刺激を与える作業をしないと、若者の関心は新聞に向かっていかないと思う。
学生には「エリート層を見てほしい」とも言っている。
まっとうな政治家は、すべての全国紙と、自身の選挙区の地方紙やブロック紙を取っている。生き残るために必要だから読んでいるのだ。
官公庁だって、新人職員が任される朝の仕事は、自分の部署に関する記事のクリッピングであることが多い。
また、地方紙の部数は細っているというが、各都道府県のエリート層の間では、今も変わらずに読まれ続けている。
「人間はケチなところがあるので」
――就活を機に新聞を読み始める学生が多いが、どれか1紙だけでもよいのか?
佐藤 できれば3紙が望ましい。全国紙の保守系、リベラル系から各1紙。どちらかしか購読する経済的な余裕がなければ、もう一方の論調の新聞は、ウェブサイトの無料版を意識して読むといいと思う。
あと1紙は、ブロック紙か、各都道府県の地方紙だ。自分の就職先や、今後、生活していく土地の新聞は見ておいた方がよい。地域によって情報空間は異なってくるからだ。
また、ブロック紙や地方紙では全国紙には載りにくい、通信社発の記事を読むことができる。この三つを読んでいくと、ニュースが立体的に理解できるようになるだろう。
紙または、PDF化された新聞を必ず開くことも勧めている。タイパ(タイムパフォーマンス、時間対効果)がよくて、2分ほどあれば、朝刊全体の見出しをさっと確認することができる。
これだけで、世の中にどういうニュースがあるのかを大まかにつかめる。ネットの記事検索で知ろうと思えば、30分はかかるのではないか。気になる見出しがあれば、リードを読み、リードが興味深ければ、さらに読み進めればいい。
お金を払って新聞を読むことも強調したい。人間はケチなところがあるので、お金を払うと「元を取ろう」という意識が生まれ、読んだ情報が記憶に定着しやすくなるようだ。
「指導的な立場にとどまりたいなら……」
――年代や立場に応じた読み方もあるのか。
佐藤 率直に言うと、社会の指導的な立場にとどまりたいと考えていたり、高度な専門職に就いていたかったりするのなら、新聞は不可欠だろう。実際にこうした立場の人は大抵、会社や自宅で読んでいる。
定年退職後、図書館に行く機会が増える人もいる。図書館は新聞の奪い合いがあり、殺伐としていることが多い。一度、新聞を手にすると、端から端まで読む人が多く、他の人はなかなか読むことができない。
高齢者施設に入っても、施設で2、3紙は購読しているだろうが、図書館と同じで、新聞を丁寧に読む人が多く、みんなで回し読みができない状況だ。定年になったからこそ「マイ新聞」を持っている方がいい。新聞争奪戦にも加わらなくて済む。
新聞、ロシアでは……
――将来、新聞がなくなることはあるのか?
佐藤 なくならない。例えば、私の研究領域であるロシアでも、基本的にエリート層や指導的な立場の人は、世の中の主要な動きを新聞を読んで理解しているのが現状だ。
ネットの世界でも、飛び交っている情報のベースをたどれば、新聞に行き着くことが多い。ならば、元の新聞を読むのが一番いい。
発行部数は少なくなるのだろうが、新聞記事のコンテンツとしての需要は、ますます高まっている。
「新聞がなくなる」と言っている人たちは、そこを見ていないのだと思う。
情報の精査「プロにお願いした方がいい」
――佐藤さんは、著書の中で「新聞が世の中を知るための基本かつ最良のツール」と強調している。
佐藤 山のようにある情報を精査し、拾い出しているからだ。この作業を自分でやるとしたら大変だ。だからプロにお願いした方がいい。そのプロは何かといったら、新聞社で(見出しやレイアウトを担当する)整理部門や、ニュースセンターだ。
一昔前に比べ、新聞ごとに紙面の構成や内容の差が大きくなっている。社会に多様性が出てきたことの表れであり、紙面を見ていると、日本や世界の幅が広がっていることがよくわかる。整理部門の役割はより増していると感じている。
だから極端なことを言えば、各紙の1面に知らないニュースがあっても、恥ずかしいことではない。
新聞で自分の視点や知識の幅を知って「こういう情報を集めればいいんだな」「こんな見方をすればいいんだ」などと考えられるようになる。
「タダのニュースは怖い」
――日本では、ニュースはタダとの認識が広がっているようだ。
佐藤 タダのニュースは怖い。タダのものには、誰がお金を出しているのかを見分けるのが重要だ。
要するに、お金を出している人を向いてニュースを発信している。世界にある強権主義の国家で、ニュースが無料で手に入るケースが多いことと無関係ではないだろう。
一方、日本の一般紙に、誰がお金を出しているのかといえば、主に読者だ。
「地球が平面だ」と信じる人が出る?
――「新聞のない世界」は、どんな状況になるのか?
佐藤 極端な階級社会になる。ごく一部で情報を共有する人たちがいて、それ以外の人たちは権力者から流れてくる情報に従わなければならなくなる。
これは非常に閉鎖された社会だ。あるのは口コミの情報ばかりで、「地球が平面だ」と信じるような人が相当数、出てくるような世界になる。
権力者の言い分をそのまま受け入れてしまう、すごく受動的な人たちが生まれるだろう。
新聞が一つしかなくなるのも恐ろしい世界だ。
「国家は一つだから、新聞も一つでいいじゃないか」というのは、権力者がひそかに望んでいることでもある。
日本の新聞は、保守系も、リベラル系も、国にあらがう報道には積極的だ。これだけ多くの新聞社が存在し、切磋琢磨(せっさたくま)している世界でも珍しい日本の状況は素晴らしいと思っている。
さとう・まさる
作家、元外務省主任分析官。1960年生まれ。東京都出身。85年に外務省に入省。情報分析の専門家として旧ソ連・ロシア外交に従事した後、作家に転身。ソ連崩壊について書いた「自壊する帝国」(新潮社、2006年)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。同志社大学客員教授も務める。
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