58年前、当時の静岡県清水市(現在の静岡市清水区)で一家4人が殺害された強盗殺人放火事件で、一度は死刑が確定した袴田巖さん(88)の無罪が10月9日に確定した。真の自由をつかんだ袴田さんだが失われた58年はあまりにも重い。
事件から1年2カ月後に事態が一変
1966年6月30日に当時の清水市にある味噌製造会社の専務宅が燃え、焼け跡から多数の刺し傷がある一家4人の他殺体が見つかったほか、多額の現金などが盗まれた強盗殺人放火事件をめぐっては、同年8月に元プロボクサーで味噌工場の従業員だった袴田巖さんが逮捕された。
この記事の画像(4枚)袴田さんは当初、犯行を自白したものの、裁判では自供を強制されたとして一貫して無罪を主張したが、事件から1年2カ月後に味噌樽の中から大量の血痕の付着した衣類5点が見つかり、静岡地裁はこの“5点の衣類”を決定的な証拠として死刑を言い渡す。
1980年に死刑確定…再審も認めらず
その後、東京高裁は袴田さんの控訴を棄却し、最高裁も上告を退けたことで1980年11月に死刑が確定。
弁護団は裁判のやり直しを求めたが、静岡地裁、東京高裁、最高裁のいずれも請求を認めなかった。
第二次再審請求で光明差し込む
ただ、2008年に再び裁判のやり直しを請求すると、“5点の衣類”に付着した血痕のDNAが被害者のものとも、袴田さんのものとも確認できなかったことなどから、静岡地裁が2014年に再審開始を決定するとともに袴田さんの釈放を許可。
この決定は東京高裁によって一度は取り消されたが、最高裁が「審理を尽くさなかった」として差し戻すと、2023年3月になって裁判のやり直しが認められ、検察側が特別抗告を断念したため再審開始が確定した。
逮捕から58年後につかんだ無罪判決
15回に及ぶ審理を経て、静岡地裁の國井恒志 裁判長は2024年9月26日、袴田巖さんに対して無罪判決を言い渡す。
さらに、静岡地裁は犯行着衣とされた“5点の衣類”など3つについて、捜査機関による証拠の捏造を認定。
死刑が確定した事件の再審は日本の刑事司法の歴史において5例目で、いずれも無罪が言い渡されたことになる。
検察は不満滲ませるも上訴権を放棄
再審の判決公判から12日後の10月8日。
検察は畝本直美 検事総長による談話を発表し、静岡地裁の判決について「到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われる」と不満を滲ませる一方、「袴田さんが結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至った」と控訴を断念する考えを明らかにした。
そして、翌9日に上訴権を放棄することを裁判所に伝えたことで袴田さんの無罪が確定。
逮捕から実に58年…袴田さんはようやく真に自由の身となった。
県警本部長は謝罪も証拠捏造は言及避ける
袴田さんを逮捕するなど、事件発生当初から捜査を担った静岡県警の津田隆好 本部長は9日朝、報道陣の取材に応じ、「当時捜査を担当した静岡県警としても袴田さんが長きにわたって法的地位が不安定な状況に置かれていたことについて申し訳なく思っている」と謝罪。
また、袴田さんに対して謝罪する意思を示したものの「方法等については本人の意向や関係者等々に相談した上で考えたい」と述べ、証拠の捏造が認定されたことについては詳細な言及を避けた。
検察や警察が果たすべき責任
個別の事件に対し、検事総長や県警のトップが見解を示すのは極めて異例だ。
しかし、両者の談話や発言からは納得のいっていない様子が垣間見える。
畝本検事総長は「最高検察庁としては、本件の再審請求手続きがこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたい」とし、県警の津田本部長も「可能な範囲で改めて事実確認を行い、今後の教訓とする事項があればしっかりと受け止め、より一層緻密かつ適正な捜査を推進してまいります」と述べたが、具体的にいつまでに何をするのかは示されていない。
当時の捜査記録には「取調官は確固たる信念を持って犯人は袴田以外にない、犯人は袴田に絶対間違いないということを、袴田に強く印象付けることに努める」と記されていることに代表されるように、いわば“決め打ち”のような捜査がなぜ行われたのか、どこに問題点があったのかなど、つまびらかにすべきことはたくさんある。
それが果たされなければ検察や警察に対する信頼は揺らいだままだろう。
袴田さんは30歳で逮捕され、2014年に釈放されるまで拘置期間は47年7カ月に及び、今も精神の不安定な状態が続く。
無罪を手にするまでに失われた58年はあまりにも重く、世紀をまたいだ冤罪を生んだ検察や警察の本気度が問われている。
(テレビ静岡)
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