化学機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)の社長らの起訴が取り消された冤罪(えんざい)事件を巡り、社長らが東京都と国に賠償を求めた訴訟の控訴審で、捜査に携わった警部補の証人尋問が9日、東京高裁であった。
国賠訴訟では、経済産業省の輸出規制省令の解釈の妥当性が争点の一つになっている。警視庁公安部は省令に基づき、大川原化工機の噴霧乾燥器が「空だきで内部を殺菌する性能を持つ」として輸出規制の対象と判断したが、会社側は公安部が国際基準と異なる解釈を採用して立件を進めたと主張している。
警部補は経産省に出向経験があり、公安部と経産省との打ち合わせに複数回参加していて、会社側が証人申請した。
警部補は尋問で「恥ずかしい」「捜査幹部の欲」「あってはいけない、法令に違反するようなこと」と公安部の捜査の過程を批判した。午後3時10分からあった証人尋問の主なやりとりは次の通り。
大川原化工機(原告)側の尋問
――公安部は2018年2月まで、噴霧乾燥器について経産省と打ち合わせを繰り返していた。
◆はい。
――あなたは、18年1月16、26日、2月2日の打ち合わせに参加した。
◆はい。
――噴霧乾燥器の中に熱風を送り続け、内部で細菌を死滅する温度を保つことができれば殺菌性能がある。これを「乾熱殺菌理論」というが、公安部は当時この理論を持ち出して経産省に相談をしていたのか。
◆初めからではないが、その方法しか残っていませんでした。
――この理論は経産省や「CISTEC」(一般財団法人「安全保障貿易情報センター」)から教えてもらったものか。
◆いえ、警察内部でつくった理論です。
――警察内部で乾熱殺菌理論を最初に言い出したのは誰か。
◆(当時の係長だった)警部と直前まで経産省に出向していた捜査員で思いついたものです。
――噴霧乾燥器を分解洗浄せず、熱風を送り込んで殺菌をする方法は、日本中で誰もやっていなかった。全く採用されていない手法だったのか。
◆はい。
――17年10月5日に経産省から(公安部に)あった電話の(打ち合わせの)メモがある。この訴訟で国や東京都は「一連の打ち合わせでの職員の発言は、経産省の回答でなく職員の個人的な発言だった」と主張している。捜査員としてもそう受け取っていたのか。
◆いいえ。組織としての経産省から回答をもらっていたと認識しています。
――17年12月8日の打ち合わせメモには(公安部側の発言として)「有識者見解も加えて殺菌性能を証明するので、その結果も交えて判断してほしいと願い出た」とある。つまり、経産省に否定的な回答を考え直してほしいと公安部から申し出たということか。
◆はい。
――18年1月26日の打ち合わせメモには(経産省側の発言として)「(輸出規制対象に)該当すると判断することはない」とある。つまり経産省の見解は変わらなかったということか。
◆はい。
――18年2月2日の打ち合わせでも経産省の回答は変わらず、公安部は手詰まりになった。
◆はい。
――18年2月8日の打ち合わせでは経産省の課長補佐が出てきて、一転して経産省から家宅捜索に協力するという姿勢が示された。
◆はい。
――その短い間に何があったのか問題になっている。どういう認識か。
◆(公安部の)上層部から経産省にお願いしたということです。
――誰か。
◆公安部長だと思います。
――なぜそう認識しているのか。
◆係長は当時、「どうにもならないので、もう上司にお願いするしかない。空中戦しかない」と言っていた。また、経産省からも「部長の方から話来てるよ」と聞きました。
――係長は「空中戦」という言葉を使ったのか。
◆そうです。
――どういう意味か。
◆上の方、ということです。
――2月8日の打ち合わせメモには、(経産省側の発言として)「ガサ(家宅捜索)はいいと思う。解釈の仕方は部長と相談して決める。ただし、はしごを外す可能性がある。別件を見つけてくれるとありがたい」といった内容が書かれている。要は、ガサには協力するというような密約に見えるが。
◆その通りですね。
――公安部と経産省の間で堂々と「ガサまではいい。別件を見つけてくれるとありがたい」なんて話をできるのか。
◆恥ずかしい相談です。あってはいけない、法令を無視しているような話です。
――その結果、経産省の協力があり、18年10月に家宅捜索がある。12月中旬からは大川原化工機の役職者への取り調べが入る。係長は公安部の「乾熱殺菌理論」について(大川原化工機の)従業員に伝えていたのか。
◆伝えていません。
――「殺菌」の定義を示さないように係長から捜査員に指示があったのでは。
◆はい。
――従業員からは「(噴霧乾燥器の)温度が上がらない」という指摘があった。
◆ありました。
――その聴取結果は皆が知っていたのか。
◆捜査メモは全員に配っていました。
――従業員の指摘を受けて、捜査員の中で「公安部の捜査が足りない」という声が上がったのか。
◆上がっていました。
――別の警部補が、従業員や(公安部に逮捕された元顧問の)相嶋静夫氏の指摘を受けて「温度を測定した方がいい。補充捜査をした方がいい」と進言したと証言しているが、ご存じか。
◆はい。
――だが追加捜査は行われなかったのか。
◆そうです。係長から「やったら出ないだろ」というニュアンスのことを言われたと。
――どういう意味か。
◆追加の検査をやったら、温度が(捜査に有利な結果として)出ないということです。
――(低い)温度が出たら困るから、あえてやらないということか。
◆そうです。
――結局、この事件は検察官が起訴を取り消して終わった。(警察で)捜査に関与した捜査員として進め方に問題があったと思うか。
◆問題がありました。
――警察で独自の殺菌理論を考えてまで立件しなければならなかった理由はどこにあったか。
◆組織としてはありません。日本の安全を考えたためではありません。(捜査の)決定権を持っていた人の「欲」でしょう。
――「欲」とは捜査幹部が捜査によって自分の利益を確保するということか。
◆そうとしか考えられません。
――(補充捜査をしなかったのは)係長の指揮によるものか。
◆係長と(その上司の)管理官(警視)です。
――係長は1審の証人尋問で、従業員の指摘があったことを「知らなかった」と証言している。
◆そんな(知らなかった)はずはない。
――なぜ。
◆従業員からそういう指摘があった時に報告を受けている。あえて無視しようという姿勢だった。
都(被告)側による尋問
――17年10月から12月8日の経産省とのやり取りについては参加していないのでは。
◆参加はしておらず、結果を聞いていました。
――捜査メモで把握したのか。
◆いや、係長と管理官に報告しているのを隣で聞いていました。
――先ほど、原告側の質問で、経産省とのやり取りの内容は経産省職員の個人的見解ではなかったと証言しているが、その根拠は何か。
◆経産省まで出向き、勤務時間内に会議室を借りて(打ち合わせを)やっている。それを「個人的見解です」なんて言われたら、どうにもならないですね。
――大川原社の従業員について、係長から調べ官に対して「殺菌の明確な解釈を伝えないで聴取してくるようにという指示があった」ということだが、あなた自身が調べに従事したことは。
◆ありません。
――そういう指示はあなたに対してあったのか。
◆私は書類の管理という職務上、執務室に長くいたので、係長が個別に捜査官に対して指示をしているのを何度も聞いています。
裁判官からの尋問
――取り調べメモは、誰に配られていたのか。
◆書類は全員が共有できるように人数分コピーしていた。当時の公安部外事1課5係の捜査員と応援に来ていた全員です。
――18年1月17日以降のメモは別の警部補に見せて完成させていたのか。
◆管理官に必ず見せていました。
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