地震により天井板が落下し、避難所として利用できなくなった、日南総合運動公園(宮崎県日南市)にある多目的体育館=同市提供

 宮崎県沖の日向灘で発生した地震で、南海トラフ地震の対策推進地域に指定されている29都府県707市町村に初めて出された臨時情報は、事前避難の態勢のもろさを浮き彫りにした。地震から8日で1カ月。巨大地震のリスクが高まった時に「安全な場所」をいかに確保するか模索が続く。

 最大震度6弱を観測した宮崎県日南市は、南海トラフ地震で、30分以内に30センチ以上の津波が押し寄せる「特別強化地域」に指定される139市町村の一つだ。最大14メートルの津波が予想され、津波到着までに避難が難しい「避難困難地域」の住民は、2016年現在で人口の2割に当たる1万人超。さらに高齢者などの要支援者が2000人に上る。

 市は8月8日の臨時情報「巨大地震注意」を受け、27カ所の避難所を開設し、職員総動員で運営に当たったが、実際の避難者はわずか24人。地震発生翌日には避難者がいなくなったため、避難所を1カ所に集約した。今回の地震の規模を表すマグニチュード(M)は7・1で、巨大地震への備えを再確認するよう求めるものの、事前避難まで求めない「注意」にとどまり、事なきを得た格好となった。

 市危機管理室の伊地知康三室長は「今回は地震被害があった場合の対応に準じた。事前避難についての専用の避難所運営マニュアルはなく、必要性は感じるが要員は足りず、作成の検討はできていない」と話す。

 南海トラフ地震の想定震源域内でM8以上の地震が起きれば、避難が困難な人に事前避難を求める「巨大地震警戒」が1週間にわたり出る。業務量は「注意」より比べものにならないほど増えるなかで、より強い揺れで想定外の事態に見舞われる可能性もある。

南海トラフ地震臨時情報発表の流れ

 実際、日南市では避難所となっている多目的体育館で、地震の揺れで天井板が落下しアリーナが使えなくなった。8月29日に九州に上陸した台風10号の避難所としても使用されたが、収容人数は1300人から半減せざるをえなかった。臨時情報で多くの事前避難者が出ていれば混乱は避けられなかった可能性もある。

 避難所の運営にも課題が見えた。市職員だけでは人員は足りず、市で毎年実施する南海トラフ地震などを想定した防災訓練では、民生委員や消防団員らも避難所の開設や運営を担ってもらうことになっている。

 内閣府が定めたガイドラインも「原則『被災者自らが行動し、助け合いながら避難所を運営する』ことが求められる」とするが、自身や家族を守る「自助」だけでも大変ななかで「共助」を求めるのは容易ではない。伊地知室長も「住民主体でやってほしいとは言いづらい」と苦悩を語る。

 津波想定が国内で最も高い最大34メートルで人口約1万人の高知県黒潮町は、臨時情報を受けて町内全域に「高齢者等避難」を出し、避難所32カ所を開設した。小中学校などの大規模避難所7カ所では、巨大地震に備えて町職員が交代で泊まり24時間態勢で警戒。担当者は「通常業務へのしわ寄せもあった」と振り返る。

 事前避難ならではの問題もあった。住民らが食料などを持ち寄って生活することになるが、黒潮町で住民に聞き取り調査をした九州大の杉山高志准教授(心理学)は「避難所によっては調理施設がなく自炊するのも困難だ。冷暖房が設置されていることを知らずに避難をためらった人もいた」と明かす。「住民に不自由なく生活できるイメージを持ってもらうことが大事。地震や豪雨など複合災害時でも事前避難ができるよう運営マニュアルを作り、住民と訓練を繰り返すことが求められる」と提言する。

 南海トラフ地震は今後30年以内に70~80%の確率で起きることが想定される。最大震度7の揺れと10メートルを超える大津波が予想され、最悪で死者は23万人以上に達するとの試算もある。

 自治体の防災体制について詳しい防災科学技術研究所の宇田川真之特別研究員は「大災害の前に安全を確保することが被害を減らすために効果的だ」と事前避難の意義を強調したうえで「ただ危険だけを訴えても十分な避難は促せない。高齢者にとっては避難所に行っても健康を害さないと思えることなども重要で、そのための環境整備や周知も大切だ」と話す。【森永亨】

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