戦後80年の節目を来年に控える今、戦争経験者の数は急速に減少し、記憶の継承が危ぶまれている。戦争を知らない世代、特に若者層の関心をどう引きつけるか、全国各地の戦争史料館や記念館がさまざまな工夫を凝らしている。今回は、昨年10月にリニューアルオープンした東京都千代田区の「しょうけい館(戦傷病者史料館)」の取り組みを取材した。【法政大・園田恭佳(キャンパる編集部)】
戦争の「傷」を伝え続けたい
東京メトロ・都営地下鉄九段下駅から徒歩数分。大きな通りに面したビルの中に「しょうけい館」はある。太平洋戦争などで負傷した日本の戦傷病者とその家族に焦点を当て、証言を保存し、記憶を「承継」していこうという趣旨で命名された珍しい史料館だ。
厚生労働省が2006年に設置した同館は、中高生や大学生向けの平和教育の場として利用されることが多く、団体客の7割がこうした若い世代で占められていた。しかし戦争経験者の減少で、貴重な証言を直接聞く機会は減るばかり。同館の運営を受託していた日本傷痍(しょうい)軍人会も、会員である戦傷病者の高齢化で13年に解散となった。こうした事態を受け、地区再開発で23年に現住所に移転したことに合わせ、同館は「若者により伝わる展示」を目指した改装を実施した。
身近に感じさせる工夫さまざま
常設展示室に入ってまず目に入るのは、リニューアル後に新たに設置されたスクリーン。ここで投影される導入映像では、現代に生きる若者が遠い国で起こる戦争に思いをはせる様子が映し出される。広報・総務を担当する川上正二さん(31)によると、「戦争経験のない若者が戦争を自分事としてとらえ、展示内容に向き合いやすくする狙いがある」という。
館内の展示は、ある兵士の徴兵から戦後までの人生を追体験する形で展開される。こちらも戦傷病者が抱いた不安や葛藤など、さまざまな苦難を見学者が実感しやすくする工夫がなされている。
また、見たり聞いたりするだけでなく、実際に触ることのできる展示があるのも特徴だ。「触れて知る展示」コーナーでは、手や足を失った戦傷病者が使用した作業用の義手と、外見の復元を目的とした装飾用義足のレプリカを実際に触り、その質感や重さを体感することができる。
展示物を見た来館者の女性(18)は「今では考えられないものばかりでとても衝撃を受けた。戦争の恐ろしさを実感するとともに、平和の大切さを感じた」と話した。同伴していた父親(64)は、義手や義足の展示が印象に残ったという。「医療技術が今ほど発達していなかった当時は、苦労することも多かったと思う。戦争について改めて考える良い機会になった」と語った。
語り部は戦後世代
同館では戦傷病者の苦難を語り継いでいくため、16年から次世代の語り部の募集と育成も行ってきた。語り部は現在、20代から70代の戦後世代20人ほどが活動している。その一人であり、3年間の研修を経て22年から語り部として活動している横山邦紹さん(57)は「戦争が自分事としてとらえられなくなることに危機感を感じた」と、語り部を志したきっかけを明かす。
世界中で繰り返される戦争。平和を訴える世論がある一方、戦争がビジネスとして成立している現実がある。このようないびつな社会の中で、意識していないと知らず知らずのうちに戦争の世界に巻き込まれてしまうのではという恐れを感じていたという。
語り部の募集はインターネットで見つけたといい、「社会人として働く傍ら、自分が戦争について発信をすることで、少しでも社会の役に立ちたいという思いがあった」と語った。
横山さんは語り部を始めるに先立ち、同館について詳しく学ぶとともに、労苦を体験した方の証言映像を視聴。また同じ九段下に位置する昭和館、新宿区にある平和祈念展示資料館など他の戦争史料館も利用しながら学びを深めた。
過ちから目を背けない
7月14日にしょうけい館で開催された定期講話会で、横山さんは、太平洋戦争で負傷し両眼失明となった3人の戦傷病者について講話を行った。研修時に作成した講話原稿は、テーマ設定から自身で行い、半年かけて仕上げた。ただ原稿を読み上げるのではなく、印象に残るよう効果音を入れるなど工夫を重ねたという。
筆者も講話会に参加したが、幅広い世代の参加者が訪れて会場に入りきらないほどだった。盲目というハンディを抱えながらも家族と支え合って懸命に生きる戦傷病者の姿を伝える横山さんの話に、強く心を打たれた。
講話会は月に1回開催されるが、語り部の活動は講話会だけでなく、学校や民間団体に出向いて話をする派遣講話など多岐にわたる。横山さんは平均で2カ月に1回のペースで講話を行っている。
語り部として常に意識しているのは「戦争を起こしてしまったという過去の過ちをありのまま伝えること」だという。「戦争について語ると美化してしまう部分があり、実像からかけ離れたイメージが定着してしまう懸念がある」と指摘する横山さん。「しっかりと過去に向き合い、過ちに気付いた人が周りに発信していくことが大切だ」と力を込めて話した。
来年は戦後80年、苦しみは今も
10月にはリニューアルから1年を迎える。新型コロナウイルスの影響で一時減少した来館者数も盛り返し、中学校の団体が平和学習として来館することが増えている。ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザ地区での戦闘など世界各地で起こる戦禍の惨状を知り、同館に訪れる人も多いという。
川上さんは「戦争経験者が少なくなっていく中、戦傷病者の記憶や経験を引き継いでいくのが我々の役割。今後もさらに展示や企画を充実させていきたい」と今後の抱負を語った。来年は戦後80年。戦争の記憶はますます遠ざかる。「戦争は遠い昔の話だと思いがちだが、今も後遺症やつらい記憶で苦しんでいる方がいる。まずは戦争に関心を持ち、史料館なども利用しながら過去に何があったのかを、自分自身の目で見ていただきたい」と川上さんは話した。
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