開店前の明るい店内で準備するバーテンダーの本間一慶社長=札幌市中央区で2024年4月6日、貝塚太一撮影
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 ダウンライトに照らされ、薄暗い店内に浮かび上がるボトル。フジツボのへばりついたガラス面が、長く海底に沈んでいたことを物語る。中のウイスキーは「海底熟成酒」として愛好家がたしなむ逸品だ。

 バーテンダーとして札幌・ススキノの「BAR一慶」のカウンターに立つ本間一慶さん(45)。2010年のオークションで、深海に沈んでいた沈没船内にあった酒を見つけ、「飲んでみたい」と思った。だが、1本1000万~2000万円と高額で手が出ない。「それならば」と、自分で日本酒を海に沈め、海底熟成の実験に乗り出した。

知内町沖の漁船の上で酒のボトルが入ったケースを沈める前に、海洋データを採取できるカメラを確かめる本間社長(左)=北海道知内町沖で2024年1月29日、北海道海洋熟成提供
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 新型コロナウイルスの流行でバーの経営ができなくなったこともあり、20年5月に事業化。北海道海洋熟成という会社を設立した。道外で海底熟成を手がける会社はすでにあったが、北海道は台風の影響を受けにくく、海水温が低いなどと酒の熟成に適した条件がそろっていた。日本海、太平洋、オホーツク海と三つの海に囲まれ、それぞれの海で異なる熟成ができるという面白さもあった。

 海底熟成は、ボトルをケースに入れてロープでつなぎ、水深10~45メートルの海に沈めるところから始まる。ボトルは1年間、暗い海底で静かに眠る。波の細かな振動がボトルを揺らし、酒のアルコール分子と水分子に作用。味をまろやかに、香りを華やかにするという。

 その効果は科学的にも証明されている。本間さんは「味香り戦略研究所」(東京都)に道内の各海域に沈めた酒を持ち込んで成分の分析を依頼。海底熟成の結果、人が「おいしい」と感じるような変化が酒に生じることがデータによって裏付けられた。

 海底熟成は工程で、ボトルの入ったケースやロープに自然と海藻が付着し、魚礁ができる。海藻などが二酸化炭素(CO2)を吸収する「ブルーカーボン」にもつながる。環境に優しい横顔も魅力の一つという。

 本間さんは1月に事業を一歩進め、知内町の上磯郡漁港で、水温、塩分濃度、振動値などのデータを採取できるカメラをボトルと一緒に沈めて24時間、状態を把握することも始めた。いま、話題を呼んでいるのは酒造会社や飲食店などから酒を預かって海で熟成し、1年後に引き渡す「海底セラーサービス」。

 「この酒をまろやかで飲みやすくするならば、この海域でこの期間。攻撃的で力強い味わいにするならば、あの海で何カ月」。思い描くのは、海洋データや海域による酒の変化を「見える化」し、味の着地点を自在に設計する技術だ。【写真・文 貝塚太一】

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