東日本大震災の津波で社殿が流され、今も帰還困難区域にある愛宕神社では、「おおくまふるさと塾」の塾員が昔話を朗読した。津波の高さは奥の枯れ木あたりまであったとみられる=福島県大熊町夫沢で2024年6月8日午後2時21分、尾崎修二撮影

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で継承が難しくなりつつある地域の歴史を知ってもらおうと、福島県大熊町の住民団体「おおくまふるさと塾」が2024年度、町内の古跡を巡る企画を新たに始めた。避難指示の続く帰還困難区域も含め町内各地を訪ね歩く。

太平洋戦争中に特攻隊が訓練する飛行場があったことを刻む記念碑のフロッタージュ(手前)と、その跡地に建設された東京電力福島第1原発(奥)=福島県大熊町夫沢の展望台で2024年6月8日午前11時10分、尾崎修二撮影

 「原発ができる前のことを知っていますか。そこは特攻隊を養成する飛行場でした」。第1原発を望む高台から、ふるさと塾顧問で、町の歴史に詳しい鎌田清衛(きよえ)さん(82)=同県須賀川市に避難=が語りかけた。同原発敷地に今も残る「磐城飛行場跡記念碑」の表面に紙を当て、画材の黒炭チョークでこすって写し取った「フロッタージュ」を参加者に見せた。同原発の敷地は太平洋戦争中、特攻隊が訓練する飛行場だった。

 1996年設立の「おおくまふるさと塾」は、歴史探訪や自然体験に取り組んできた。全町避難で約40人の塾員は県内外に散ったが、地区住民らと町内に取り残された神社や石碑の状況を調べるなどの活動を続けてきた。塾員ではない町民らにも歴史を知ってもらおうと、24年5月から塾員以外の町民にも参加を呼びかけ、町内の古跡を巡っている。

東日本大震災で社殿が倒壊し、2023年に住民が小さな仮社殿を再建した「山神社」で歴史を解説する鎌田清衛さん=福島県大熊町夫沢で2024年6月8日午前11時14分、尾崎修二撮影

 2回目の6月8日は約30人が参加。帰還困難区域のうち、県内の除染で出た土を保管する「中間貯蔵施設用地」を回った。国に買い取られた宅地や農地に高さ15メートル近い土壌貯蔵施設が整備されるなど、自然豊かだった地域の風景は一変したが、神社などは国が土地を利用せず残っている。大震災の地震で社殿が崩れ、住民が23年に小さな社殿を再建した山神社や、巨大な津波で社殿が流された愛宕神社を訪ね、塾員らが震災前からの歴史を解説した。雑草の茂る境内や、巨大な土壌貯蔵施設の上で、地域の昔話を朗読する場面もあった。

 町民約1万人のうち92%が今も町外で暮らす。同県いわき市から参加した70代女性は約7年ぶりに自宅のあった中間貯蔵施設用地に足を踏み入れた。「大熊が恋しくなって参加した。(故郷の現状に)悲しくもなったが、もっと大熊の歴史を学びたいと思った」

 塾長の渡部正勝さん(75)は「解除区域も帰還困難区域も含め、町全体を巡りたい」と話す。鎌田さんの貴重な解説を記録し、冊子にして残すことも検討中だという。

 古跡巡りは主に毎月第2土曜の開催で、次回は7月13日。22年に避難指示が解除された地域を回り、野上地区の神社などを訪れる。申し込みは町生涯学習課社会教育係(shogaigakusyu@town.okuma.fukushima.jp)まで。【尾崎修二】

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