児童虐待を生き延びた「虐待サバイバー」。

 充分なケアを受けられず大人になってから後遺症に苦しむ人も少なくありません。

 心の傷をどう癒やすのか、そして動き出した支援の現場を見つめます。

 関東に住む大学生のゆうさん。

 電車で突然パニックになることがあります。

 「意識が遠のくなあとか、吐き気がひどいなあとか、ちょっと息苦しくて立っているのもやっと」(ゆうさん)

 原因は幼少期の虐待です。

 祖母が支配する家で育ちました。

 暴力が繰り返されたほか、食事作りなどの家事も担ってきました。

 「日常的にあったのは、祖母が爆発して、怒鳴ったりとか、物を投げたりとか、作ったご飯の中にゴミを入れたり、捨てられたりとかもあったし。(父親が)馬乗りになって、動けなくされて、顔を叩かれたりとかもありました」(ゆうさん)

 パニックになるのは、祖母に似た人を見た時です。

 虐待について周囲に相談することができず、小学生の時に自殺未遂。

 高校では大量の薬を飲むオーバードーズを学校内でも繰り返しました。

 「一日に一回は真剣に死ぬことについて考えるんですけど、こんなにしんどいなら生きている意味なんかないなと思ったりして」(ゆうさん)

 心の傷と言われるトラウマ。

 災害や戦争などを体験した後、神経の高ぶりや体験のフラッシュバックが起きると、PTSD=心的外傷後ストレス障害と診断されます。

 虐待などによる複雑性PTSDは、これらの症状に加え、感情をコントロールできないことや、極端な自己否定感にとらわれる、といった症状がみられます。

 しかし、周囲からは「怒りっぽい」「やる気がない」などとみられ、孤立することがあります。

 トラウマの治療に取り組んでいる札幌市の南平岸内科クリニックです。

 「どうでしたこの2週間は?」(南平岸内科クリニック 野呂 浩史 院長)

 「会社をお休みしているんですが、一人でいると孤独感がすごい」(患者)

 苦しいのは、トラウマによる症状だけではなく、理解されないことによる孤立です。

 「トラウマで一番つらいところは、孤立、孤独。どんどん、社会、学校、家庭、家族も相手にしてくれない。このパターンはかなり多いです」(南平岸内科クリニック 野呂 浩史 院長)


 このクリニックでトラウマからの回復を目指して、取り組んでいる心理療法があります。

 1本のひもを人生に見立て、これまでの人生を振り返ります。

 ポジティブな記憶には花を、ネガティブな記憶には石を置いていきます。

 治療を受けているのは父親からの虐待を受けて育った30代の女性です。

 10代からパニックの症状や対人関係に悩まされてきました。

 「この石は?」(南平岸内科クリニック 荒川和歌子 公認心理師)

 「過激な暴言や暴力が増えた。左右から何発も殴られて、私はしゃがみこんで殴られ続けたりとか。包丁を振りかざしたまま、家の中を追いかけてきて。いつか自分は殺されるのかなとか」(患者)

 振り返るなかで、自分の人生にトラウマがどのような影響を与えているのか理解できると同時に、記憶に向き合うことで少しずつ恐怖感も減っていきます。

 「自分だけではまとめられてなかった(人生の)歴史を視覚的にみて、客観視できることが自分の中ではよかったなと思います」(患者)

 「人生史全体を扱うことで、それぞれのトラウマがどういうふうに関連しているのかとか。あるいは今の症状にトラウマがどのように関わって影響しているのかっていうのを、人生史全体を整理していくことで見えてくるっていう面もあると思います」(南平岸内科クリニック 荒川和歌子 公認心理師)

 女性はこれまで自分を責める気持ちをもって生きてきましたが、治療によって変化が生まれたといいます。

 「関わる人も変わって、楽しいことが増えて嫌なことは嫌と言えるようになった。楽しいことしか、今はないです」(患者)

 大学生のゆうさん。

 家族を頼ることができないため、毎日、アルバイトをして生活費を稼ぎます。

 トラウマの治療を勧められたこともありましたが、費用が高く、受けることができていません。

 いま頼りにしているのが、虐待被害者を支援する団体です。

 苦しい気持ちを打ち明けると、寄り添うメッセージが返ってきます。

 ゆうさんを支える支援団体Onaraの代表・丘咲つぐみさんです。

 丘咲さんも両親から過酷な虐待を受けて育ちました。

 ゆうさんの生きづらさも理解してくれます。

 「つぐみさんは今まで自分がやってきたことや思ってきたことを受け止めてくれるから、ちょっと楽になるというか、認めてくれる人がいるんだという、人を信じてみようかなと思えるきっかけをいつもくれます」(ゆうさん)

 見落とされてきた虐待被害者のケア。

 丘咲さんは大人になっても続く苦しみや孤独を受け止め、必要に応じて支援制度も紹介します。

 「本当に死ぬしか方法がないぐらいに追い詰められていたときに、頼れる制度とか、支援とかが何もない。自分と同じような人を作り出さないように、支援できるようなことをやっていきたい」(丘咲さん)

 丘咲さんは虐待の経験を打ち明けられる数少ない存在。生きる力をくれます。

 大学の卒業式にも来てくれました。

 自分を虐待した家族とは連絡を絶っているゆうさん。

 丘咲さんは、晴れ姿を見せたいと思うたった一人の大人です。

 「すごい。おめでとう、どう?」(丘咲さん)
 
 「すごい、だって卒業できると思っていなかったから、嬉しい」(ゆうさん)

 「よく頑張ったよね」(丘咲さん)

 「本当に頑張った」(ゆうさん)

 「よく頑張ったよね」(丘咲さん)

 「おめでとう、本当におめでとう」(丘咲さん)

 孤独の中にいた虐待サバイバー。

 あなたは悪くないよ、そう言ってくれることが小さな光になります。

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