レコードをセットする上松泰直さん=広島県尾道市西久保町で2024年4月27日午後3時25分、藤田宰司撮影
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 お寺の本堂にオーディオセットを据え、アナログレコードを鑑賞する無料の「レコードコンサート」のお知らせが届いた。使用する機材は一式で約1000万円と聞いてびっくり。最近はレコードがよく売れているとも聞く。最新の機器でどんな音が響くのか。4月末、レコードを聴いて育ったアナログ世代の記者(59)が、広島県尾道市西久保町の浄泉寺を訪ねた。

 1525年創建の浄土真宗の古刹(こさつ)。総ケヤキ造りの本堂に運び込まれた機材にはパナソニックの高級音響機器ブランド「テクニクス」のロゴが刻まれていた。同社の上松泰直さん(55)はテクニクスブランド事業推進室日本市場マネージャーとして全国を回り、年約100回の試聴イベントを開催している。

 浄泉寺の催しは昨年に続いて2回目。約50人が本堂に座り、DJ役の上松さんが自分のコレクションから選んだおすすめ曲や、来場者が持参したレコードのリクエスト曲を次々とかけていった。

 針を落とすと「パチ、パチ」とノイズが鳴る。石川さゆり、ローリング・ストーンズ、ビバルディ、ウエストサイド物語、ビートルズと、ジャンルや時代はさまざま。45年前の山下達郎の声は、若く伸びやかだった。

 曲の合間に上松さんが「主役のプレーヤーは200万円、スピーカーセットは300万円。人間には聞こえない音域も含め100キロヘルツ~20ヘルツぐらいを再生できる」と説明し、「一家に一台いかがでしょうか」と和ませる。

 アナログの音は驚くほどクリアで立体的だ。特に歌声は、息づかいまで感じられる。機器の性能を実感するとともに「お経や説法の声がよく響き、本堂の音響はけっこういいはず」という遊亀山(ゆきやま)真照住職(50)の話にもうなずけた。

 レコードは1970~80年代が全盛期だった。日本レコード協会のデータによると、生産枚数は76年の1億9975万枚、生産額は80年の1812億円がピーク。CDが登場した後は減少が続き、2010年に10万枚、1億7000万円まで縮んだ。

 消えゆく運命かと思われたが、11年から少しずつ盛り返し、23年には269万枚、62億円と、1980年代末の水準まで戻った。昔のレコードの再発売だけでなく、若いアーティストらが新譜を出すようになり、2011年に28タイトルだった邦盤新譜は、23年には約20倍の588タイトルに増えた。

 1997年録音の鬼太鼓座の演奏を2023年に改めてプレスしたアナログ盤。重さ3トンの大太鼓が鳴ると、肺の中の空気を揺さぶり、目の前に太鼓があるような感覚になった。

上松泰直さん(右)と高垣博已さん=広島県尾道市西久保町で2024年4月27日午後5時27分、藤田宰司撮影
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 「低音をしっかり刻むのは難しく、カッティングエンジニアは大変な苦労をした」と上松さん。「来日した外国人が競って中古レコードを買っている。良い状態の中古盤がたくさん残っているのは、日本の愛好家が大切に扱ってきてくれたおかげ」という解説に、世界のアナログカルチャーへの貢献を実感した。

 約2時間半で二十数曲を堪能。尾道市の細井俊希さん(55)は「昔のレコードと最近の新しいレコードの音圧の差を感じた。音楽文化を伝えていくこのような活動は続けていってほしい」と話した。準備にあたった地元の電器店タカガキムセンの高垣博已さん(82)は「静かにじっくり聴いて楽しんでもらえてよかった」と笑顔だった。

 聞きたい曲をいつでも呼び出せるデジタルは手軽で便利だ。しかし、どこに音の実体があるのかはよく分からない。アナログは黒い板が回り、針が溝をなぞって音が出る。ジャケットを飾って眺めるのも楽しい。若い人たちがレコードに興味を持つ理由の一つは「実感」なのかもしれない。

 「実家の押し入れに眠っているレコードを聴いてみたくなった」と言うと、「カビやほこりで状態が悪くても決して捨てないで」と上松さん。レコードを守りたいという情熱を傾けて開発された優れた洗浄剤があり、汚れや静電気を見事に取り除いて本来の音が出せるようになるという。「大切に扱い、長く楽しんでほしい」。上松さんからのメッセージだ。【藤田宰司】

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