今年のクイーン位決定戦に臨む山添百合八段(右)と挑戦者で新クイーンとなった井上菜穂六段=大津市神宮町の近江神宮近江勧学館で2024年1月6日午前9時30分、礒野健一撮影
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 漫画に目がない40数年を過ごしてはいるが、作品の舞台を訪ねる「聖地巡礼」には興味がなかった。だが、初めての滋賀勤務が決まって思い浮かんだのは、琵琶湖に加えて近江神宮。というのも、近江神宮は競技かるたの最高峰の舞台で、大ヒット漫画「ちはやふる」の登場人物たちが熱戦を繰り広げた。4月に赴任すると、何度も笑って泣いた場面を思い出しソワソワ。GW最終日の6日、ついに「かるたの聖地」に足を踏み入れた。【吉見裕都】

 木々の緑で覆われた参道を歩くと早くも胸が高鳴ってきた。近江神宮の象徴と言えば楼門。「ちはやふる」で、かるたどころ・福井出身の登場人物が「真っ赤やよ」と説明するセリフがある。画像は見たことがあったが、早く実物を見たくて歩幅が広がる。目に飛び込んできた楼門の朱色の鮮やかさは緑のもみじと相まってやはり鮮烈だった。

 「ちはやふる」は小倉百人一首の競技かるたに取り組む高校生を中心とした群像劇で単行本50巻の大作だ。全国高校選手権大会や社会人も含めた日本一を決める名人位、クイーン位の決定戦を行う舞台が近江神宮で、小倉百人一首の第1首を詠んだ天智天皇がまつられている縁がある。

『ちはやふる(50)』(末次由紀)講談社
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 楼門までは石段を上がるが、段数は多くないのに心拍数が上がった。その石段で「ちはやふる」の主人公がライバルと巡り合う場面を思い出し、興奮がよみがえったからだ。

 楼門をくぐり、お参りもそこそこに移動する。かるたをするのは境内にある近江勧学館という施設。見学自由の建物に入り、2階にある聖地中の聖地「浦安の間」を目指す。

 階段を上がると強い畳の匂いがした。競技は畳の上にかるたを並べて行う。相手より早く取るために畳を激しくたたくような手の動きになり、漫画でも「バン」といった擬音語が使われる。のぞいた45畳の部屋には何もなかった。漫画の擬音語が脳内で響くかと思ったら逆だった。「ちはやふる」を象徴するセリフがある。

競技かるたの全国高校選手権決勝などが行われる近江勧学館の「浦安の間」=大津市神宮町で2024年5月6日午前9時36分、吉見裕都撮影
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 「お願いだれも 息をしないで」

 競技かるたは読まれる上の句を聞いて下の句が書かれた札を取る。上級者は上の句の一文字目で動き出す。音を聞く競技だ。呼吸も許されない一瞬の静寂が最大の魅力だと思う。部屋からは「しーん」という“音”が聞こえてきそうだった。

 1階に降りると高校生らしき女性がいた。福井県立若狭高2年の堀口藍里さん。高校からかるたを始めたという。「最初は負けてばかりで心が折れかけたけど、この間初めて勝てた。強くなりたい」。さながら甲子園球場を訪れた高校球児のようだ。1979年に開催された全国高校選手権の第1回の団体戦参加校は8校だったが、「ちはやふる」の人気も普及に貢献し、今や軽く300校を超えている。

 参道を歩き始めてから近江勧学館を後にするまで「ちはやふる」のあるセリフが頭に鳴り響いていた。

 「青春ぜんぶ懸けたって強くなれない? 懸けてから言いなさい」

 男子高校生が浴びせられる言葉だ。作中、この男子高校生はずっとこの言葉に悩み続けた。それを思い出し、思わず自分の胸に聞いた。「人生でやれるだけのことをやりきっているか」

 心を奪われた作品の舞台を訪れ、自分と向き合うのも「聖地巡礼」の醍醐味(だいごみ)なのかもしれない。さて、次はどこに行こう。

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