報道陣に公開された大阪・関西万博会場の大屋根リング工事の模様=8日午前、大阪市此花区の夢洲(恵守乾撮影)

2025年大阪・関西万博の開幕まで13日で1年。海外パビリオンの建設遅れは、1970年大阪万博でも浮上した課題だ。当時は「突貫工事」で追い込みをかけたが、労働災害が相次ぎ複数の死者を出した。今回は建設業界などで残業規制を強化する「2024年問題」に直面。労働環境は大きく様変わりし、安全確保を大前提にどう工期に間に合わせるか、開幕ぎりぎりまで難しいかじ取りが続きそうだ。

《外国展示館の建設の遅れが目立つ。(中略)かなり深刻だ》

1969(昭和44)年3月15日のサンケイ新聞夕刊は、1年後に迫った大阪万博の準備状況をこう伝えた。

今月8日に報道公開された人工島・夢洲(ゆめしま)(大阪市)の大阪・関西万博の会場でも、参加国が独自に建設する「タイプA」パビリオンは着工に至っていない更地が目立ち、55年前の状況と重なる。現在、現場で作業に従事しているのは1日あたり最大約3千人。これから工事が本格化すれば、同約5千人まで増える見込みだ。

70年大阪万博の公式記録には、会場建設で予算や工期などの課題に直面したものの、開幕1カ月前の70年2月に全パビリオンで工事を終えた、とある。もっとも、それを可能にしたのは昼夜を問わない突貫工事だった。

公式記録によると、67年に始まった敷地造成から70年の開幕までに延べ約272万人、ピーク時で1日あたり9千人以上が建設工事に従事した。一方で期間中に318件の労災が起き、17人が落命。うち9人が開幕前年の69年に集中していた。

公式記録は当時の労働者について《まさに「日本人の勤勉さ」》などと称揚するが、当時の慣習や価値観は現代では通用しない。

今月から働き方改革関連法に基づく時間外労働(残業)規制強化が建設業界で始まり、1人あたりの時間外労働の上限は原則で月45時間、年360時間となった。

日本国際博覧会協会は施工業者からの要請があれば、夜間も工事現場のゲートを開ける態勢をとるが、昼夜を問わず作業を続ける場合は3交代制の導入を求める。

労務単価が上昇する中、3交代制をとれば新たな人員の確保や人件費増加は避けられない。工区を管轄するゼネコン関係者は「下請け業者からは3交代制を求める声が出ているが、管理する人員と予算を確保できていない」とこぼす。

現代において労働者の安全確保は最重要課題。今回の会場では3月28日に、地下から湧き出たガスが建設中のトイレ内にたまって爆発し、床などを破損する事故があった。けが人はなかったが、再発を防ぐため火器を使う工事は中断を余儀なくされている。また、これから台風シーズンに入れば、大阪湾に面する夢洲では労災のリスクも高まる。乗り越えなければならない壁は多い。

開幕前に工事を完了するのは理想ではあるが、工期を意識するあまり労災を招いては本末転倒だ。海外の大型イベントではこのあたりのバランスをどうしていたのか。

国内外の万博を研究する名古屋学院大の小林甲一教授によると、全パビリオンを日本側が手掛けた2005年愛知万博では会場内の工事は開幕までに完了していたとみられる。一方、その後の上海やミラノ、ドバイの万博では、開幕後も一部工事が続いていたという。

小林氏は、万博の会期が最長で半年間に及ぶことも踏まえれば「必ずしも開幕前に全ての工事を間に合わせなければいけないわけではない。むしろ完了するほうが珍しいのでは」と指摘した。

プレハブ型「タイプX」活用カギ

万博の会場建設工事を巡っては、1970年大阪万博の当事者も工期順守と質の確保の両立に頭を悩ませた。「これからの建築はプレハブ化」。当時の記録にはこうした発言もみられる。2025年大阪・関西万博でも鍵を握るのはプレハブ型の「タイプX」パビリオンになりそうだ。

大阪万博の公式記録によると、開幕約1年前の1969年2月時点で約70の海外パビリオンのうち着工済みは18館。「手を打たないと、スムーズな建設は難しい」。当時の座談会で関係者は焦燥感をにじませていた。

もっとも約1年後の開幕直前の座談会では、工事は成功との評価で一致。その一因にプレハブ工法の採用が挙げられた。ある関係者は座談会で「これからの建築は省力化し、プレハブ化だということは、建築界の常識」と語っている。

今回のタイプXは、日本側が簡易な箱型の施設を建てて参加国に引き渡す形だが、現時点で対象国は2桁に満たない。

一般社団法人プレハブ建築協会(東京)は同工法の利点を「部材が規格化され、他の工法に比べて職人の技術に左右されることが少ない」と説明。「簡単に高品質の施工が実現でき、工期が短縮され、職人不足にも対応できる」としている。

粗野で質素なイメージが先行しがちなプレハブだが、「万博の華」といわれる海外パビリオンの主流工法となるか。(石橋明日佳)

完成への過程楽しむ寛容さを 嘉名光市・大阪公立大教授(都市計画)

大阪公立大の嘉名光市教授(本人提供)

万博会場は既存の建物にはない考え方や、未来につながる建築のあり方を提示する場でもある。1970年大阪万博ではパビリオンなどにテントやプレハブが採用され、その後社会に普及した。2025年大阪・関西万博にも、そうした役割が期待される。

一方、限られた工期で独創的デザインの建設事業を受注することに二の足を踏む業者は少なくない。独自のパビリオンを手掛ける参加国は日本になじみの建設業者がいない上、日本の法律やルールに合わせて設計を見直すこともあり、民間パビリオンなどに比べて着工が遅れている。

開幕に間に合わせることを最優先にすれば、労災事故や施工ミスが起きかねない。開幕までに重機を使う工事が終わっていれば、来場者側には、パビリオンが完成するまでの過程を楽しむ寛容さがあってもいい。

会場建設を巡り、費用の上振れや工事の遅れなどに対して批判が出るのは健全なこと。主催者側が意義や理由を丁寧に説明し、対話を重ねてよりよい万博をつくり上げることが求められる。(聞き手 山本考志)

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