英国市場では中国発の衣料通販「SHEIN」の上場に期待が高まる=ロイター

ロンドン証券取引所の上場企業が減り続けている。十数年でほぼ半減し新規株式公開(IPO)数も過去10年で最低水準が続く。米国市場という強力なライバルが企業を吸い寄せる構図だ。英国は上場基準の緩和で誘致を図るが「質」まで損なうリスクもくすぶる。

「政策立案者はIPOの数ではなく質に注目すべきだ」。英鉄道事業の年金基金レイルペンの運用担当者、キャロライン・エスコット氏は警鐘を鳴らす。「英国市場の歴史的な強みは、高いコーポレートガバナンス(企業統治)基準と強力な投資家保護にあった」と続ける。

エスコット氏が「世界のクオリティーマーケットだった」と表現する英国資本市場は数を重視したIPO誘致に躍起になっている。上場ルールを決める英金融行為監督機構(FCA)は7月、約30年ぶりとなる大きな上場規則変更に踏み切った。「プレミアム」と「スタンダード」の2市場を統合し、「プレミアム」に課していた厳格な上場要件を取り払った。

その一つが株主総会での決議に関する規定だ。利益相反を疑われかねない関連当事者取引に関し、これまで必要だった総会決議を不要とした。決議を必要とする従来のルールは、ソフトバンクグループ(SBG)が英半導体設計のアームを再上場させる際、ロンドン証取を候補から外した要因の一つだった。

ソフトバンクグループの孫正義氏(写真は2017年)

議決権が通常の株よりも多くなる種類株などの発行も容易にした。米国のIT(情報技術)企業はこうした種類株を多く活用している。種類株に関する制限もスタートアップなどがロンドンへの上場を敬遠する一因となっていた。

FCAを規制緩和に動かした背景には、ロンドン証取の上場企業数の減少がある。ロンドン証取を運営するLSEGによると、24年9月末時点でのロンドン証取の上場企業数は約1700社。2007年は約3300社が上場していた。

足元でも英国市場から距離を置く企業は後を絶たない。5月にはブックメーカー(賭け屋)のフラッター・エンターテインメントが主要上場先をロンドンからニューヨークに変えた。ロンドン市場の流動性が乏しいというのが理由だ。同社は英国の代表的な株価指数の構成銘柄でもあった。

IPOも盛り上がりに欠ける。急激な利上げ局面を迎えた2022年以降は件数と調達額が急減し、24年のIPO件数は過去10年で最低水準に沈む。英国は米国に次いで起業が盛んだが、起業家は米国を顧客市場に見据え、上場先もより高い価格が付きやすい米国市場を目指す。

英当局は上場規制の緩和で企業を呼び込みやすくなると期待する。ただ機関投資家や運用会社の間では規制変更を懸念する声も広がる。国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)のジェン・シッソン最高経営責任者(CEO)は「英政府が質を犠牲にしてまで競争力を高めようとしていることに懸念を抱いている」と話す。

賛否両論入り交じるなか、市場の注目を集めるのが中国発の衣料品ネット通販「SHEIN(シーイン)」だ。米中対立のあおりで米国上場を断念し、現在は英国上場を計画しているとみられる。シーインの直近の評価額は600億ドル(約9兆円)を上回るとの見方がある。

一方、シーインの製品は新疆ウイグル自治区の強制労働で製造されているといった疑惑がある。米議会の超党派の議員団は23年、シーインが知的財産権を侵害している可能性などを示す報告書を発表した。上場に慎重論も少なくないなかで、シーインに頼らざるを得ない状況に英国市場の厳しさが映る。

日本では半導体メモリーのキオクシアホールディングスが上場を決めるなど、今年のIPOは活況だ。ただ米国に比べて時価総額が小さいままIPOする「小粒上場」の問題を抱える。競争力のあるスタートアップや上場予備軍をどう増やすかという課題は英国と同じだ。

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