「リスキリングで女性のデジタル人材を増やすことができれば、男女の賃金格差解消につながる。労働市場を改革したい」。女性限定のITエンジニア養成スクールを運営するMs.Engineer(ミズエンジニア、東京・千代田)、やまざきひとみ最高経営責任者(CEO)はこう語る。
ミズエンジニアは経済産業省が定義するITスキルで「レベル4」相当の人材育成が強みだ。レベル4は高度IT人材と呼ばれ、システムの企画から開発を担う国家資格のスキルなどにも相当するといわれる。設立から3年で300人超が修了。転職後の年収は、民間企業で働く女性の平均(316万円、国税庁の民間給与実態統計調査)を上回るケースもあるという。ただ同じ国税庁の調査では男性が569万円でまだ差はある。
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)ジャパンが昨年発表した調査によると、デジタル人材は日本の国内総生産(GDP)で年100兆円を超す規模の貢献をしているという。日本はITエンジニアの女性比率が16.9%と米国(23.9%)やOECD平均(20%)より低い。日本経済が失われた30年を抜けだそうとしている今、デジタルを駆使し女性の活躍の場をどう広げるかが喫緊の課題だ。
デジタル人材を育て賃金格差の解消を掲げるミズエンジニアに、このほど2500万円を出資するのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券だ。金融機関本体が自ら創業間もないスタートアップに出資するケースは日本ではまだ珍しい。野菜の端材を食用粉末に加工するフードテック、ASTRA FOOD PLAN(埼玉県富士見市、加納千裕CEO)への出資も決めた。
三菱モルガンが始めた今回のプロジェクトは、女性や多様なバックグラウンドを持つ起業家を伴走支援する目的で、「5年で10%のリターン」というような投資目標は原則、設けない。協業するモルガン・スタンレーは2017年から始めており、欧米で累計100社超を支援し、合計の企業価値は10億ドル(約1500億円)を超えたという。
中長期的にはユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)を日本国内でも増やす狙いがある。米CBインサイツによると、ユニコーンの数は24年9月時点で世界で1200社を超す。うち5割が米国が、1割強が中国なのに対し、日本は10社に満たない。
ユニコーンの少なさは、企業価値が小さいまま新規株式公開(IPO)してしまう「小粒上場」の問題につながる。ベンチャーキャピタル(VC)などが投資回収のためにスタートアップに早期のIPOを要求するためで、日本でGAFAのような大型テック企業などが育たない一因といわれてきた。
新興企業が上場する東京証券取引所のグロース市場のIPO時の平均時価総額は22年に約100億円で、米国(当時のレートで約2300億円)に比べ小さい。出資金額の多寡はあるが、金融機関本体が創業から間もないシード期といわれるスタートアップに出資することは、投資家層に厚みを持たせる点で意味がある。
今回のプロジェクトはもう一つの意味があると筆者は考えている。「晴れの日に傘を差し出し、雨の日に取り上げる」などと揶揄(やゆ)されることのある金融機関だが、当面はリターンを後回しにし、男女の賃金格差やフードロスの解消といった社会課題の解決を掲げるスタートアップの背中を押そうとしている。
慈善事業ではないし、いずれは出資先の成長や還元という形で金融機関も具体的な成果を求められるだろう。出資の是非を問われる場面がくるかもしれない。ただ24年4〜9月期決算はメガバンクや証券会社、地銀の業績が総じて良かった。今まで資金を回すことができなかった、回していなかった企業を支援する余力は出てきたはずだ。
ここに来て日産自動車といった大手が大規模なリストラを迫られるなど、世界経済の先行きに楽観視できない部分もある。それでも今まで社会が目を背けがちだったり、あまり光を当ててこなかったりした課題に挑む企業は増え続けるだろう。日本の社会を変えるために金融の役割が改めて問われている。
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