空いた時間に短時間労働し、報酬を得る「スキマバイト(スポットワーク)」が拡大する陰で、労働者からは働き方に対する懸念の声が上がっている。スマートフォンのアプリ一つでできる自由な働き方として注目を集める一方、トラブル事例の報告も。「労働者が安売りされている」と切実な声が聞かれる。(山田祐一郎)  「労働者がモノ扱いされている。企業が必要なときだけ呼ばれ、いらなくなったら切り捨てられる」。7月20日に「非正規労働者の権利実現全国会議」が東京都内で開いた講演会で、スキマバイトで働く池田真一さん(51)=兵庫県尼崎市=が自身の体験談を交え、こう訴えた。

◆「募集時は8時間労働、当日になって6時間に」

 池田さんは正社員として働く一方、会社での収入では生活できず、マッチングアプリに登録して物流倉庫や工場での作業などのスキマバイトをしている。

自らの体験を語る池田真一さん=7月20日、東京都内で(山田祐一郎撮影)

 「あるクリーニング工場で十数回働いたが、工場側の都合で何度も業務を早く切り上げさせられた。募集時点では8時間労働のはずが、当日になって6時間になるということが続いた」  求人企業と求職者がそれぞれアプリに登録し、短期間、単発のバイト契約を直接結ぶのがスキマバイト。業務終了後にアプリで企業への評価コメントを書き込むと賃金が支払われる。

◆「早上がり困る」とアプリで指摘、企業は求人をブロック

 池田さんは「事前に交付される労働条件通知書には、残業の有無については記載があるが、早上がりの可能性については触れられていない。その日、行ってみないと分からない。『早上がりが続くと困る』と評価に書き込んだところ、ブロックされ、求人が届かなくなった」と明かす。

アプリで見ることができる労働条件通知書

 加入する管理職ユニオン・関西を通じて企業側と団体交渉をしたが、アプリでの求人ブロックは解消されていないという。池田さんはこう訴える。「バイト現場には、フルタイムで働くことが難しく、スキマバイトで食いつないでいる人もいる。便利な仕組みではあるが、問題がうやむやにされている」  首都圏でスキマバイトをしている男性(28)も「こちら特報部」の取材に応じ、「スキマバイトの良い面と悪い面を感じている」と明かした。

◆「次の仕事がなくなるのを恐れ…」

 2年ほど前からスキマバイトを始め、スマホには複数のマッチングアプリを登録している。「時間や職場を自分で選ぶことができ、縛られないことが何より利点。即日で給料を得られるのも、働いた実感を得られる」と話す一方で不安も感じている。「多少の不満があっても言えないし、泣き寝入りするしかない構図になっている。企業と労働者個人との力関係が露骨に表れるのがスキマバイトだ」と胸中を明かす。  アプリでは企業側、労働者が双方を評価してレビューが公開されているが、男性は「正当な評価ではない」と指摘する。  以前、正規のアルバイトを経験し、かなり劣悪な労働環境だったと感じた職場がいま、スキマバイトアプリの中で9割以上の好評価を得ている。「どんどん人が辞めるような現場に好評価が付くと、『そんなわけない』と思ってしまう。多くの人が次の仕事がなくなるのを恐れ、レビューに実態が反映されていないのでしょうね」と漏らす。

◆企業が人を安く見る風潮に危機感

 この男性は現在、職業訓練に通っており、今秋以降は正社員として働く予定だ。「アプリでは魅力ある職場はすぐ求人が埋まる。人手不足とはいえ、いつの間にか時給が下げられたり、交通費が削られたりして、条件が悪くなっても人が集まる。企業が人を安く見る風潮が当たり前になるのは怖いこと」とスキマバイトへの危機感がぬぐえない。

28歳の男性のスマホには複数のバイトマッチングアプリが入っている=東京都内で

 今年に入り、NPO法人「POSSE」(東京)にはスキマバイトでのトラブルを巡って具体的な相談が複数寄せられている。そのうちの一つは、レジ打ち業務で売り上げと残金が合わず、差額をバイト代から天引きで穴埋めさせられたという内容。同法人の今野晴貴代表理事は「労働者に対し、給料で穴埋めすることを店側が事前に説明している」と話す。労働基準法が定める「賠償予定の禁止」が疑われるほか、給料を全額金銭で支払う原則にも反すると指摘する。  これ以外にも、配達中の事故で大けがを負ったにもかかわらず、企業側が労災保険の手続きを進めないという訴えも聞かれる。「本来はアルバイトに10時間の走行研修をするのにスキマバイトには15分間の動画を見せるだけというケースもある」。今野さんはこう強調する。「働き方の多様化は必ずしも悪いことではないが、職場には危険を伴うケースもある。労使の関係性が築かれていないとリスクは大きくなる」

◆アンケートではトラブル遭遇が半数

 アンケート結果でもトラブルが目立つ。社内規定作成のクラウドサービスを手がける「KiteRa」(東京)が今年5月に公表した調査結果では、スキマバイトでトラブルに遭遇したと回答した人は51.4%に上った。  ネット調査で約350人が回答。トラブルの内容は「仕事内容が事前に聞いていた内容と異なる」が最多で「労働条件(時間や給与など)が異なる」が続き、「勤務中にけがをしたり事故に巻き込まれたが、労災認定されなかった」もあった。トラブル経験者の6割以上がマッチングアプリなど仕事の紹介元に相談したが、この半数以上はいまだ解決していないという。  同社は「企業だけでなく、仲介会社もサポート体制が追いついてない。現場でのルール徹底がされず、労働基準法に反する企業が一定数いることも明らかになった」と指摘する。

◆スキマバイトに頼らざるを得ない状況こそ問題

 マッチングアプリの運営会社などでつくるスポットワーク協会によると現在、延べ2300万人を超える労働者がアプリを利用している。労働現場でのトラブルについて、同協会は「一定数のトラブルは存在していると認識している。求人企業には、正しい情報を提供するようアプリ運営会社から働きかけている」と説明する。労働者からの相談について、現在はアプリ運営会社が個別に対応しているが、協会として統一的な窓口を創設することを検討中だという。  不安定な働き方には社会保障の観点から懸念の声が上がる。大阪市立大(現大阪公立大)の木下秀雄名誉教授(社会保障法)はスキマバイトの仕組みについて「大阪・西成における日雇い労働と構造が似ている」と指摘した上で「日雇い労働者に対しては行政が生活問題として意識し、健康保険や労働保険が整備されていた。だが、スキマバイトは新しい働き方、スタイルの一つとしてしか見られていない」と危ぶむ。  続けてこう訴える。「生活のためにダブルワーク、トリプルワークをする人がいる。本来は、スキマバイトに頼らない生活支援が保障されなければいけないはず。求職者がバイトアプリを利用せざるを得ない状況自体を考える必要がある」

◆デスクメモ

 近所の居酒屋がスキマバイトを募集していた。2人で切り盛りする店。どちらかがいない時間帯があって店が回らないからと募ったのだろう。雇う側も助かるから成り立つスキマバイト。感謝の意識があれば働く側に心を砕くと思うのだが…。世話になるあの店は大丈夫だと思いたい。(榊) 

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