部屋の中に座っていると雷鳴が上空から聞こえた。やがて鳥のさえずりが上方から聞こえ、足元には川のせせらぎが感じ取れた。思わず「足がぬれたか」と勘違いするほどの臨場感だ。 音の発信源は目の前に置かれた横幅38.2センチ、高さ7センチの小さなスピーカー。この桁外れの立体感を実現した「OPSODIS(オプソーディス)1」というスピーカーを開発したのは大手建設会社の鹿島である。 音楽ホールの建築・設計実績もある鹿島は約20年前、社内の技術者が英国のサウサンプトン大学と連携して独自の音響技術を開発した。だがその技術は他の音響機器メーカーなどに供与して製品化されたものの一般には普及せず事実上20年間埋もれていた。 鹿島ではこの技術にほれ込んだ社員らがチームを結成して製品化しようと計画。ところがスピーカーの生産実績がないため事業化のめどがなかなか立たなかった。 チームが思い付いたのは「クラウドファンディング」の活用だった。クラウド(群集)とファンディング(資金調達)を組み合わせた概念で、人々から資金を募り事業を進める手法だ。 チームはクラファンを専門に手がけるCCCグループの企業「GREEN FUNDING(グリーンファンディング)」と連携して資金を募ったところ、10日余りで1億円を超す資金が集まった。資金を出した人は製品を割安で購入できる仕組みだ。 チームのリーダー役、鹿島の村松繁紀氏は「在庫を抱えるリスクがあり事業化のハードルは高かったが、クラファンのおかげで受注生産が可能に。資金は開発継続のために使わせていただく」という。 建設会社の鹿島が、実績のないスピーカーの本格生産を迷うのは理解できる。在庫が出れば赤字になる。そこをクラファンという手法が鹿島の経営判断を動かした形だ。 技術力は一流なのに技術を事業化する柔軟性に欠ける。長く経済を取材して感じた日本企業への思いだ。 各企業の中にあった無数の画期的な技術が製品化に結び付かないまま埋もれて、その一部は海外企業に流れたのではないか。そんな想像をせずにはいられない。 しかし今回、企業側に保有する技術を事業化したいという執念があればクラファンが強い援軍になり得ることが証明された。グリーンファンディングの広報担当、佐川麻耶さんも「企業の大小にかかわらず、持っている技術の事業化に役に立てます」と話す。 オプソーディス1で大好きなブルックナーの交響曲第8番を試聴した。ウィーン・フィルが目の前で演奏しているようだった。 技術者たちの執念が詰め込まれた壮麗な「音」を聴きながら規模の大小を問わず日本企業が失った勢いを取り戻し、再び世界を席巻する日々に思いをはせた。
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