日本の名目国内総生産(GDP)が、安倍晋三元首相が政策目標に掲げた600兆円に到達間近となった。円安の進行で輸出企業を中心に業績は改善している。ただ物価高が押し上げている面もある。2024年度の最低賃金は時給1054円と過去最高となったが、物価上昇に追いついておらず、経済の好循環は起きていない。数値は拡大しているが、家計への恩恵は乏しい。(山中正義、桐山純平)

◆「2020年ごろまでの達成」が目標だった

 1日に発表された1~3月期(2次速報改定値)のGDPは年換算で約597兆円だった。政府の経済見通しによると、24年度の名目GDPは615兆円を見込み、目標額を上回ると予測されている。  安倍氏が「GDP600兆円の達成を目標として掲げたい」としたのは、自民党総裁に再選された2015年9月だ。「雇用を増やし、給料をさらに上げ、消費を拡大していく」と当時の会見で力を込めた。2014年度の名目GDPは523兆円で、2020年ごろまでの達成を目指していた。

◆「円高・株安」からは脱したが

 大胆な金融政策を含む安倍政権の経済政策「アベノミクス」を経て、当時の円高や株安の是正が進むなど経済指標は改善した。2012年12月の政権発足時に80円台だった対ドルの円相場は在任中、おおむね100~120円台で推移。円安は輸出企業の収益に寄与し、企業の経常利益は新型コロナウイルス禍前の2018年度まで右肩上がりで増えた。設備投資も拡大した。在任中の日経平均株価の上昇率は2倍を超えた。  雇用面では2015年度に3.3%だった完全失業率が、今年5月には2.6%まで低下し、有効求人倍率も1.24倍まで改善した。女性や高齢者の就労者が増え、安倍氏は辞任時に「400万人を超える雇用をつくり出せた」と誇った。

◆増える非正規、落ち込む個人消費

 一方で、家計のプラスになる指標は伸び悩んだ。非正規労働者は2019年には労働者の4割弱を占める2173万人まで増加。コロナ禍で一度落ち込んだが、2022年以降は再び増えている。円安や消費税の増税で物価は上昇。物価変動を加味した実質賃金は低迷し、第2次安倍政権下で前年度比プラスになったのは2016、18年度の2回だけだ。  第一生命経済研究所の熊野英生氏は「物価上昇に賃金が追いつかず、生活が苦しくなっている。アベノミクスの誤算だ」と話す。  実質賃金の低迷は、個人消費にも悪影響だ。直近では実質個人消費はリーマン・ショック時以来の4四半期連続のマイナスを記録し、熊野氏は「個人消費だけでみると、景気後退」とも指摘している。

 国内総生産(GDP) 国内で一定期間に生み出されたモノやサービスの付加価値の合計額。内閣府が四半期ごとに公表し、景気動向や経済規模を示す代表的な指標となっている。GDPの数値には実際の価格で計算した「名目」と、物価変動の影響を除いた「実質」がある。現在のように物価上昇時には名目値が実質値より大きくなるが、物価下落時には実質値の方が大きくなる。

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◆骨太の方針に「2040年、1000兆円」

2040年に名目GDP(国内総生産)約1000兆円が視野に入ることは、今年6月に閣議決定された政府の経済財政運営の指針「骨太方針」に明記された。だが、物価高による見せかけではなく、成長と分配を伴う経済拡大にならなければ、富裕層から低所得層まで富が行き渡る「トリクルダウン」に失敗した安倍晋三政権と同じ轍(てつ)を踏みかねない。(山中正義)

岸田文雄首相(資料写真)

 名目GDP「1000兆円」は、岸田文雄首相が3月の参議院予算委員会でまず言及した。骨太方針では、安倍政権のように目標として掲げていないが、2%の物価安定目標が実現した場合、「2040年ごろに名目GDP1000兆円程度の経済が視野に入る」とした。

◆名目だけ膨らんでも仕方ない

 だが、現在の名目GDPは物価高で実力以上に押し上げられている。物価変動の影響を除いた実質GDPとの「格差」が鮮明になっており、みずほ銀行の唐鎌大輔氏は「(インフレと経済停滞が同時に起きる)スタグフレーション的な状況」とみる。「名目だけ膨らんでも仕方なかったというのが多くの国民が感じていることだろう。1000兆円は実質(GDP)が伸びなければ最悪だ」と指摘する。  家計が物価高に苦しむ中、今春闘で大手を中心に高水準の賃上げが実現した。とはいえ、5月の実質賃金は前年同月比で26カ月連続のマイナス。個人消費も振るわない。「結局大事なことは、ベースアップ(ベア)が持続的に続くかが最大の注目点」と唐鎌氏。そのためには、人口減少など日本経済の構造的な課題解決も必要となる。 

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