日銀総裁として記者会見する黒田東彦氏(2014年4月)

日銀は16日、2014年1〜6月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表した。4月の消費増税後に落ち込んだ個人消費が賃上げや所得増で回復すると過信していた様子が浮き彫りになった。2%の物価目標を早期に達成する見通しを堅持したが、その通りにはならず、結果的に異次元緩和を10年超も続けることを余儀なくされた。(肩書は当時)

「量的・質的金融緩和政策が想定したメインシナリオに沿って推移しており、今後も内需中心の回復が続くとみている」。4月30日の決定会合で岩田規久男副総裁はこう発言した。

この会合でまとめた「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、15年度ごろに物価上昇率が「2%程度に達する可能性が高い」と明記した。黒田東彦総裁が13年4月に異次元緩和策を始めた際に掲げた「物価上昇率2%を2年程度を念頭に早期に実現」は可能との考えを堅持した。

自信を深めた根拠の一つは異次元緩和などで円安がもたらされ、当時の消費者物価指数(CPI、生鮮除く)が前年同月比で1%台前半の上昇率が続いていたことだ。13年にはCPIが一時下落していた。

もう一つは雇用・所得の改善だ。14年4月に消費税率が5%から8%に引き上がった後の消費の反動減について、岩田副総裁は4月8日の会合で「雇用・所得の増加が見込まれるため、消費はその後は堅調に回復すると予想する」と論じた。

政府が企業に賃上げを要請する「官製春闘」も始まっていた。企業の好業績を背景に14年の春季労使交渉(春闘)は組合側からのベースアップの要求が復活し、賃上げ率は2%超に達した。

中曽宏副総裁は4月30日の会合で「雇用面でタイト化が進んでいる。春の賃金交渉の結果に表れているように賃金への上昇圧力になってきている。物価は私が従来思っていた以上に上がりやすくなっているように思う」と話した。

もっとも当時、企業は人手不足を高齢者や女性の非正規雇用によって賄っていた面が強い。雇用者の報酬は全体では増えていたが、春闘の賃上げ率は24年の5%超ほどまで高い水準ではなかった。

内閣官房によると、大企業の付加価値の従業員への配分を示す労働分配率は12年度は60%程度で、18年度の50%程度まで減少トレンドが続いた。当時も人手不足の状態だったものの、不足感は今の方が強い。当時の失業率は3%台で、現在は2%台で推移する。

中曽副総裁は14年5月の会合で「消費を勘案した場合、所得が持続的に上がっていく必要がある」と指摘していた。大企業が稼いだお金を賃上げに振り向ける機運は今ほど強くなく、物価を2%に高めるには不十分だった。

今回の議事録期間後の14年夏以降は原油価格の下落もあり、日銀の見通しとは裏腹に物価は伸び悩んだ。

増税後の反動減は長引き、14年度の実質国内総生産(GDP)は前年度比で0.4%減り、5年ぶりのマイナス成長に陥った。個人消費は実質で前年度比2.6%減と大きく減った。

10月には追加緩和策の導入に追い込まれた。年60兆〜70兆円のペースで増やすとしていたマネタリーベース(資金供給量)を、約80兆円まで拡大させた。安倍晋三首相は個人消費の落ち込みを理由に11月に消費税率10%への引き上げを延期すると表明し、衆院解散・総選挙に踏み切った。

デフレ脱却に向けた日銀の大規模な金融緩和は長期化し、16年のマイナス金利政策や長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)の導入に突き進んだ。その後、24年3月に賃金と物価の好循環の強まりを確認できたとして異次元緩和策の解除を決めた。

日銀は人手不足の強まりで賃上げの裾野が拡大していることや、円安だけでなく需要の強さにも基づいて物価が上昇しているとの認識を強め、追加利上げの時期を見極めようとしている。

現在の状況は今回公表になった議事録の期間とは大きな差があるものの、依然として物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比で減少が続いている。今後も金利正常化を進めていけるかどうかは、やはり賃金と物価の動きにかかっている。

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