政府は21日、経済財政運営の指針「骨太方針」を閣議決定した。基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)を2025年度に黒字化させる財政再建の現行目標を3年ぶりに明記した。だが、コロナ禍以降に常態化する大型の補正予算が今後も続けば、目標達成は遠のく。(市川千晴)

◆プライマリーバランス黒字化、中長期目標は先送り

 PBは社会保障や公共事業などの政策にかかる経費を、借金に依存せずに税収などで賄えているかを示す指標。現在のようにPBの赤字が続くと、国の借金はどんどん増える。内閣府は今年1月、25年度のPBが1.1兆円の赤字になると試算。税収増で赤字幅が縮小してきており、黒字化が「視野に入る」とした。  今回の骨太では、PB黒字化の目標を堅持。だが、26年度以降については「取り組みの成果を後戻りさせない」と表現するにとどめ、中長期の目標記載は先送りされた。  また、成長を鈍らせる人口減少が続く中、「30年度までが経済構造への変革を起こすラストチャンス」と明記し、経済成長のために高齢者や女性の雇用促進の必要性などを強調。その結果、国内総生産(GDP)の実質成長率が安定的に1%超で推移するとした上で、現在600兆円弱の名目GDPが40年ごろに1000兆円程度まで増えるとの見込みを提示した。  だが、経済成長を実現した上で25年度に黒字化を達成したとしても、通過点に過ぎない。今年3月のマイナス金利解除など日銀の金融政策の変更で、金利上昇による国債(借金)の利払い費増加も懸念され、財政改善への道筋は険しい。

◆支持率回復の思惑で給付金、遠のく財政再建

 岸田文雄首相は21日の会見で、低所得者への給付など新たな物価高対策を今秋策定することを表明した。21年発足の岸田政権はこれまで計4回、累計80兆円余の補正を組んでいる。低迷する支持率を回復させたい思惑がにじむが、財政支出が重なれば財政再建は見通せない。 SMBC日興証券の宮前耕也氏は「来年度までに補正予算で10兆円規模の経済対策があれば黒字化は遠のく」と指摘した。   ◇  ◇

◆価格転嫁できない中小企業、賃上げ余力なく

 政府が閣議決定した「骨太の方針」は賃上げの波及を目指し、雇用者の約7割が働く中小企業の支援を重要課題に掲げた。だが、多くの中小は原材料や人件費の上昇分を販売価格に転嫁できず、賃上げの原資を確保できていない。これに対し、大企業は利益などに占める人件費の割合「労働分配率」が過去最低水準だ。大企業と中小の賃上げ余力の差が賃上げ格差を広げつつある。

 価格転嫁 企業がコストの増加分を販売価格に上乗せすること。中小企業団体が1月の政労使会議に提出した資料によると、原材料分を価格に転嫁した企業の割合は77.4%に上った一方、人件費の引き上げ分を転嫁できたのは30.8%にとどまった。原材料費やエネルギー価格と異なり人件費は共通の指標がないため、価格転嫁が難しいとされる。

◆「大企業は価格交渉に応じる責任がある」

 「(人件費に当たる)作業工賃を上げたいが、その分を価格転嫁すると、次の受注が来なくなる怖さがある」。東京都大田区で町工場を経営する50代の男性社長はそう話す。価格交渉で賃金情報を開示するのは難しく「お客さんに値上げを言い出しづらい」という。

長引く物価高で厳しくなる経営環境を語る町工場の経営者

2024年度に実施した平均賃上げ率は3%台。人材の確保を目的に月給を約5000円上げたが、原材料費や運送代、電気代の高騰で収益は圧迫され続けており、男性は「賃上げを継続的に続けるのは無理だと思う」と不安を口にする。  実際、労働分配率は、中小が大企業に比べて高い。明治安田総合研究所の小玉祐一氏の試算(4四半期移動平均)によると、24年1〜3月期の非製造業は大企業の36.5%と低い一方、中小は70.3%に達する。

◆賃上げ予定の6割が「防衛的な賃上げ」

 小玉氏は「大企業は賃上げの余力があるが、中小は人件費を払うのに精いっぱいという状況」と指摘。「大手の製造業が値上げに応じないなど、中小がしわ寄せを受けてきた可能性もある。大企業は価格交渉に応じて中小の賃上げ余地をつくる責任がある」と話す。  中小企業団体の日本商工会議所が4、5月に行った調査によると、24年度に賃上げを「実施する」と答えた企業の割合は7割超で、このうち約6割が業績の改善は見られない「防衛的な賃上げ」だった。  回答企業の平均賃上げ率は正社員が3.62%で、大企業でつくる経団連の5.58%とは開きがある。日商の小林健会頭は「価格転嫁がまだ道半ば」と述べた。また、財務省の調査でも、賃上げ率が5%以上に届いた企業の割合は、大企業の53.8%に対し、中堅・中小企業は24.4%にとどまる。大手を中心に続く賃上げの流れから「中小は取り残されている」(エコノミスト)との見方もある。(大島宏一郎) 

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