長引く物価高は、企業による必要以上の値上げが要因との見方が出ている。企業がコスト増加分を上回る値上げで収益を拡大させた一方、賃金に十分還元していないとして、欧米で「強欲インフレ」と呼ばれた現象だ。物価上昇の内容を分析した専門家によると、日本も同様の状況に陥りつつある。(大島宏一郎)

◆3年連続「最高益」なのに賃金は…

 5月末の金曜日、スーツ姿の人が行き交うJR新橋駅前のSL広場。「食品は値上がりしたが、給料は上がっていない。景気は悪いと感じる」(東京都千代田区の30代会社員女性)、「スーパーで買うお菓子の容量や個数が減った」(港区の60代会社員男性)。働く人たちは物価高の厳しさに口をそろえた。連合総研の4月調査で、賃金が物価より上がったと答えた働き手はわずか6%台だ。

東京・新橋の繁華街。道行く人たちは物価高の厳しさを口々に語った=東京都港区で(大島宏一郎撮影)

 これに対しSMBC日興証券の集計によると、東証株価指数(TOPIX)に採用される上場企業の2024年3月期決算は、最終的なもうけを示す純利益の合計額が計48兆円余り。3年連続で過去最高益を更新する見通しとなった。

◆消費は伸びず「景気下押し要因」

 賃金と企業収益の格差は、国内生産物の物価の動きを示す「GDP(国内総生産)デフレーター」の分析で浮かび上がる。この指標は国内で新たに生み出された「付加価値の価格」とも言われる。デフレーターの数値が上昇した分は、家計か企業の取り分になるが、欧米では、便乗値上げなどをした企業の取り分が多すぎるとして、強欲(グリード)とインフレを組み合わせたグリードフレーションという造語が広まった。  日本のGDPデフレーターは22年10~12月期から1年、上昇傾向が続いている。日本政策投資銀行の和田耕治氏が上昇要因を分析したところ、そのほとんどを企業収益の伸びが占め、賃上げに回った分はわずかだった。和田氏は3月のリポートで「賃金上昇が伴わない強欲インフレ型の物価上昇が続けば、消費を通じて景気を下押しする可能性がある」と指摘した。

◆「中長期トレンドで見ていけたら」

 元日銀理事でみずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミストの門間一夫氏もGDPデフレーターの上昇要因を分析し、23年の物価高を「企業は値上げで増やした収益を懐に入れ、賃金の方にはあまり波及しなかった」と指摘。物価高に賃上げが追いつかず「物価だけが上がるバランスの悪い状況になった」という。

記者会見する経団連の十倉雅和会長

 企業収益は好調で賃上げの余力はあるという見方に対し、経団連の十倉雅和会長は10日の会見で、付加価値(粗利)に占める人件費の割合「労働分配率」が「世界的に低下傾向にある」と説明した上で、各企業の人への投資の推移について「中長期トレンドで見ていけたらと思う」と述べた。  日本経済の最近の動きをみても、物価変動を加味した実質賃金のマイナス期間が過去最長となり、消費者心理を示す指標は低迷が続く。ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏は、賃上げが進まなかった理由を「企業はこれまでリスクを意識し、コストを抑える守りの姿勢に入っていた」と指摘。ただ、最近の企業収益は値上げで改善しているとし「もうかった企業が賃金を上げ、物価高を上回る賃上げを定着させることが、経済の自律的な回復や成長に必要だ」と話す。

 GDPデフレーター 日本経済全体の物価動向を表す指数。国内で生み出されたモノやサービスの付加価値の合計を表す「国内総生産(GDP)」統計で使われる。国内生産品を幅広くカバーしており、家計が買うモノやサービスだけでなく、企業の設備投資や政府の公共投資も含む。



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