政府による経済安全保障上の機密情報の指定や、扱う民間人らの身辺調査を伴う「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度を盛り込んだ重要経済安保情報保護法が5月、成立した。今後の焦点は、どのような情報が指定対象になるかなど詳細を含めた運用基準の策定に移る。東京大先端科学技術研究センターの玉井克哉教授(ルール形成戦略)と京都大大学院法学研究科の高山佳奈子教授(刑法)に、この法律の課題や経済安保についてあらためて聞いた。(聞き手・山中正義)

 重要経済安保情報保護法 防衛や外交など4分野の情報保全を目的とした特定秘密保護法の経済安保版。半導体など重要物資の供給網に関する脆弱(ぜいじゃく)性や重要インフラなどに関して国が保有する情報のうち、流出すると安全保障に支障を与える恐れがあるものを「重要経済安保情報」に指定。重要情報を扱う人の身辺調査をする「セキュリティー・クリアランス(適性評価)」制度を導入する。情報漏えいには5年以下の拘禁刑などを科す。

◆「みんなが恐れて秘密を漏らさないようにする効果しかない」

 —日本にとっての経済安保とは何か。  「ロシアのウクライナ侵略を受け、安全保障を真剣に考える機運が出てきた。長期的には、当面の戦争回避と、半導体など台湾有事で影響を受けそうな重要物資の供給確保、懸念国の軍事力伸長の抑止という三つの戦略がある」

玉井克哉東大教授

 —経済安保の重要性が増した背景は。  「コロナ禍で中国の強権ぶりが明らかになった。ロックダウン(都市封鎖)はその一例。感染源の調査を提案したオーストラリアに対してはワインを事実上禁輸した。経済的な相互依存関係を強めれば、戦争をしなくなるという考え方があるが、第1次世界大戦以降、その見方は常に甘かった。日本もレアアース(希土類)などを中国に頼っているとリスクが大きい」  —適性評価をどうみる。  「必要な一歩だ。海外との共同研究に参加できるようになる。世界中どこへでも行けるのは(適性評価の)資格保有者にとって財産だ。一方、企業にとって保有者の転職防止は課題だろうが、転職を無理やり抑え込んではならない」  —法の実効性は。  「(不正競争防止法のように営業秘密を保護するため公開裁判を一時停止する)刑事訴訟手続きの特則がなく、機密情報が漏えいした際に公開の法廷で犯罪事実を十分に証明して有罪にするのは難しい。(営業秘密の保護がないままだと)みんなが恐れて秘密を漏らさないようにする効果しかない」

 玉井克哉(たまい・かつや) 東京大先端科学技術研究センター教授。1983年に東大法学部を卒業。同大助教授などを経て97年から現職。編著に「経済安全保障の深層 課題克服の12の論点」(日本経済新聞出版)。

◆「乱用の歯止めや、乱用による被害を受けた場合の救済がない」

 —法の問題点は。  「国家機密や営業秘密についての刑事規制は既にかなり広く存在している。なのに、その外側に新しい規制を設けた。運用については法律上の制限がほとんどないに等しく、特定の企業を有利あるいは不利に扱うことが簡単にできてしまう。乱用の歯止めや、乱用による被害を受けた場合の救済がない状態で規制だけを進めるのは法制度としては欠陥がある」

高山佳奈子京大教授

 —事業者や研究者への影響をどう考える。  「恣意(しい)的な運用があり得ることも踏まえると、基本的な経済活動や研究活動の自由の保障ができていない制度だ。萎縮効果ばかりが生じて、経済活動や研究活動にマイナスになる」  —機微な情報や技術の漏えいを防ぐには現行法では不十分だったのか。  「外為法や不正競争防止法には罰則があり、かなり厳しい規制になっている。改善することでさらに広く対応できる。現行法の規制を信頼してもらえるように国外に日本からアピールする必要もあるのではないか。そうしないと今後も諸外国の規制が日本に不利な形で押しつけられる」  —今回、法のさまざまな問題が指摘される背景は。  「短時間でつくっているということと、専門家がメンバーに入っていないところで検討しているということだろう。今まである法律との関係も十分に議論されていない。何かの利害が推進力となってできた法案なのだろう」

 高山佳奈子(たかやま・かなこ) 京都大大学院法学研究科教授。1991年に東大法学部を卒業。京大助教授などを経て2005年から現職。著書に「共謀罪の何が問題か」(岩波書店)など。



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