「為替の行きすぎた動きには適切に対応する」と市場を牽制する神田真人財務官。筆者は「過度な円安警戒は不要」と言う(写真:ブルームバーグ)

日本株が上昇率で米国株を上回る状態はいつまで続くのだろうか。代表的な指標であるTOPIX(東証株価指数)は昨年末比で約16.6%上昇しており、世界の株高を牽引する米国株(S&P500種指数:同+7.4%)を、大きく凌駕している(4月12日時点)。

強いアメリカ経済が理由のドル高円安は日本にプラス

日本株好調の要因はいくつかあるが、やはり為替市場でドル高円安が続いていることがもっとも大きな要因だろう。

実際に、TOPIXをS&P500種指数で割った「日米相対株価」の動きは、2022年以降ほぼドル円と連動している。円安が企業利益全体を押し上げる効果は明確であり、海外投資家にとっても日本株の投資魅力が高まる。双方の経路が強く働いているため、ドル高円安が日本株高を後押ししている。

すでに1ドル=140~150円を上回る円安が1年半にわたって続いているが、高インフレのリスクが小さい日本では、円安の弊害は限定的で、企業部門中心に経済全体の成長を押し上げている。経済メディアを一時賑わせた「悪い円安」は、かなり刺激的な形で取り上げられたが、結局は「かなりの的外れ」だったことを、今や多くの人が認識しているのではないか。

政府も、円安の動きには配慮しているが、円安で経済成長が高まり、そして賃上げの原資になる企業利益が増えている点を重視しているとみられる。経済成長が続けば、人手不足がより強まり、岸田政権が重視する賃金上昇を後押しする。現行程度の円安は、政治的にも大きな問題にはなっていないのが実情ではないか。

しかも、4月10日に発表されたアメリカの3月コアCPI(食品とエネルギーを除く消費者物価指数)が前月比0.4%上昇し、3カ月連続で市場を上回る伸びとなったことで、FRB(連邦準備制度理事会)による利下げは秋口以降にずれ込みそうだ。ドル円相場は一時1ドル=153円台まで円安が進んだが、アメリカの経済が強すぎるゆえのドル高なのだから、日本経済や株式市場にとって望ましいと筆者は考えている。

円安を問題にする論者は、「通貨安=国益低下」という信条を持っているか、あるいは長年のデフレに適応して現預金を蓄積したため通貨価値が減ることに我慢がならないのかもしれない。実際には、日本経済でインフレが定着しつつある中で、インフレ期待の高まりが通貨安を後押ししているとみられ、そうであればむしろ好ましい事象だろう。

日銀は3月19日にマイナス金利解除に踏み出したものの、現時点では政策変更は円高をもたらしていない。正直、これは筆者にとって予想外の展開ではあるが、日本経済や日本株にとっては望ましい。円高を招かずにインフレ期待の高まりに応じて金融緩和を緩める日銀の対応はこれまではうまくいっており、それがゆえに日本株の好調が続いている。

今後も日本株は米国株よりも上昇できるのか?

それでは、円安が続き、日本株が米国株などを上昇率で凌駕する状況は、2024年末まで続くだろうか。筆者は、以下の2つの理由から、最近やや懐疑的になっている。

1つは、マイナス金利を解除した日銀による次の引き締めが、早期に行われる可能性が高まっているためだ。日銀がやや「前のめり」に金融緩和を緩めた背景には、円安を必要以上に問題視していることがあげられる。

日銀の植田和男総裁は4月5日の朝日新聞のインタビューで、「為替の動向が、賃金と物価の影響に無視できない影響を与えそうだということになれば、金融政策として対応する理由になります」と、為替市場に配慮する考えを示した。3月の時点でマイナス金利解除に踏み出したのは、「円安に歯止めをかけたい」というのが理由だった疑いがある。

実際には、通貨変動に金融政策が左右されるのは望ましくない。金融政策の判断は国内経済やインフレ率の安定のためにこそ下されるべきである。もし、こうした定石に反して、「通貨安=通貨信認の失墜」という一面的な考えで利上げを急げば、政策判断を間違えるリスクが高まる。

筆者のメインシナリオではないものの、日本株にとって最悪のシナリオは、長年デフレを半ば放置してきた2012年までのように、植田総裁が通貨高と低インフレを容認する政策へ回帰することだろう。

もう1つの懸念される点は、通貨当局が円安の長期化への警戒を強めつつあることだ。財務官主催の私的懇談会として、国際収支についての会合が3月末から開催されていることが公表された。為替市場と国際収支の因果関係は必ずしも明確ではないのだが、当局が大幅な円安を問題視し始めた可能性を示す動きである。

日本株への強い追い風は弱まりつつある

もし、当局の政策の方向性が変わり、「円安を通じたインフレ定着」の好循環が崩れることになれば、日本株の大きな支えが失われる。また、当局の姿勢が微妙に変わりつつあることには、自民党が直面している裏金問題をきっかけにパワーバランスが変わる中で、金融財政政策を重視する政治家の影響力が弱まっていることも影響しているだろう。

脱デフレ完遂途上の段階で、円安を過度に警戒する必要はないのが実情である。もし筆者が懸念するような政策転換が起きれば、大幅な円高を招き、それが株安をもたらして日本経済の足かせになりかねない。

2024年のここまでのドル円市場は、アメリカの金利に連動して動く場面が多い。ただ、さすがにこれ以上FRBの利下げ期待が後退する可能性は低く、ここから一段とドル高が続く可能性は低い。今後、日本側の緊縮的な経済政策に転換が意識されれば、予想外の円高方向に転じるリスクがある。「強い追い風が弱まりつつある」という認識を前提に、日本株に向き合うことが必要だと考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。