米経済の一人勝ちが続く。急速な利上げで米国が景気後退に陥るとの予測は外れ、市場は想定を超す円安・ドル高になった。米経済と通貨ドルはなぜここまで強いのか。その理由は、米国が経済政策面でひたすら自国第一主義を採ったことにある。為替相場という市場経済の調整弁が機能不全に陥り、各国通貨はその犠牲となる。

トランプ氏の「大惨事」批判

「ドルが対円で34年ぶりの高値となった。米国にとって大惨事だ」。秋の大統領選で返り咲きを狙うトランプ前大統領は4月下旬、SNSでこう発信した。長引くドル高相場は米国の輸出産業の打撃になる、といういつもながらの主張だ。

確かに主要通貨に対するドル指数は、この3年間で1割も上昇した。従来ならドル高は輸出の逆風となり、雇用悪化で米経済を下押しする材料になっていたはずだ。ところがトランプ氏の言う「大惨事」は起きていない。米製造業の雇用者数は直近3年間で70万人も増え、ドル高下で好調さを保っている。

バイデン米政権は半導体生産の米国内回帰を促す補助金政策を打ち出した=ロイター

背景には、ドル高にもかかわらず貿易収支が改善していることがある。23年の米国の輸出(財・サービス)は3兆518億ドルと前年比1.1%増え、貿易赤字額も7798億ドルと前年から18%も減った。歴史的な円安ドル高下にある日本との輸出入をみても、貿易赤字は627億ドルと赤字幅が前年から11%も減っている。

米国経済は23年に2.5%の実質成長率を記録し、24年1〜3月期も1.6%(前期比年率換算)の伸びを続ける。米連邦準備理事会(FRB)は金融引き締めからの転換を先延ばしし、想定を超すドル高・円安の材料となった。通貨高が米経済の逆風にならないのはなぜか。トランプ前政権以降、経済政策でひたすら米国第一主義を徹底してきたことに理由がある。

米半導体大手のインテルは米国内で6兆ドルもの巨額投資を計画する。ドル高でも生産部門の米国回帰を打ち出すのは、連邦政府や州政府から巨額の補助金が得られるからだ。バイデン政権は3月下旬にインテルに対して85億ドルもの補助金を支給すると発表した。

ドル高下で膨らむハイテク投資

22年に成立した「CHIPS・科学法」。半導体部門の国内回帰を促す補助金は総額500億ドル規模。米国勢だけでなく、韓国サムスン電子や台湾積体電路製造(TSMC)にもそれぞれ60億ドル規模の補助金を出すと決めた。米国内ではドル高を吹き飛ばすほどのハイテク産業の投資ラッシュとなっている。

半導体だけではない。22年に成立したインフレ抑制法は、電気自動車(EV)や蓄電池などへの巨額補助金を支給する仕組みだ。施行1年で企業から1100億ドルを超す国内投資の表明があったという。もともとトランプ前政権以降、高率関税で中国製品などの輸入を防ぎ、国内産業を保護している。通貨高でも利上げでも米国内で雇用も投資も増え続けるカラクリは、保護主義的な政策の乱発にある。

円安・ドル高相場はどうなるのか。本来なら、米経済が過熱してドル高になれば輸入が増えて輸出は減る。米国の貿易相手国は通貨安となるものの、輸出増で自国経済が潤い、日本であれば実需の円買いも増えて次第に円安修正が進む。市場経済には、国際貿易を通じた通貨水準の調整機能があるはずだった。

日銀の植田和男総裁は円安修正を見据えた政策運営を求められている

ところが、投資や生産を自国で囲い込んで自由貿易のルートを狭めてしまうと、この調整機能は働かなくなる。日本は円安でも輸出が増えず、実需の円買いも進まないので、円安が止まらなくなる。日本の対外輸出は、数量ベースでみると23年は3.9%減。貿易赤字も9兆2914億円と3年連続だ。中国向け輸出の落ち込みが大きく、米国ファーストによる貿易の分断の影響が色濃い。

日本だけでない。韓国はウォン安が止まらず、対ドルで4月に一時1400ウォンを突破して最安値を更新した。通貨安にもかかわらず韓国の23年の対外輸出は前年比7.5%減と、貿易の追い風も吹いてこない。同国もハイテク製品などの中国輸出が大きく落ち込んでおり、米国の保護主義政策の影響が受ける。

ドル高を助長する米国第一主義はどこまで強まるのか。死角は投資の過熱が招いた長期インフレにある。財政拡張というアクセルと利上げというブレーキを同時に踏む米国経済。金融引き締めが一段と強まれば、米経済は突如として失速して円ドル相場も急反転することになるだろう。

一方でドル高相場が止まらなければ、世界経済に亀裂が入りかねない。日本など通貨安に苦しむ各国は、景気を犠牲にして通貨防衛の利上げに踏み切らざるをえなくなる。過去をみれば1930年、米国は輸入関税を劇的に引き上げるスムート・ホーリー法を施行。金流出を恐れた周辺国は相次いで金融引き締めに踏み切り、世界恐慌はさらに深まった。米国第一主義の真の危うさは、歴史が示している。

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