11月には82歳になるバイデン大統領。政権を悩ます「1968年シナリオ」とは?(写真:ブルームバーグ)

アメリカ大統領選挙の投票日(11月5日)まで、残り半年を切った。「トランプさんとバイデンさん、今はどっちが優勢なんですか?」てなことを聞かれてしまう昨今である。

11月のアメリカ大統領選、今はトランプ氏リードだが…

この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています【2024年1月5日編集部追記】2024年1月1日、山崎元さんは逝去されました。心から哀悼の意を捧げ、ご冥福をお祈りします)。記事の一覧はこちら

この世界の定番である「リアル・クリア・ポリティクス」のデータ を見ると、4月には両者ともに支持率を下げてほぼ横一線に並んだものの、その後はドナルド・トランプ氏が少し盛り返して、最近は約1ポイント差のリードとなっている。

しかるに今は競馬にたとえれば、競走馬が向こう正面を走っている状態だ。本当に勝負がかかってくるのは第4コーナーを回るあたりからで、現時点でどっちがリードしているかはあんまり意味がない。

そして現下の選挙情勢をざっくり言えば、右側にトランプ応援団が3割くらいいて、左側には「それだけは勘弁、バイデンのほうがマシ!」と言っている人たちが3割くらいいて、残りはどうかといえば「まだ考えてない」。

もうちょっと言えば、「またあの2人なのか、勘弁してくれよ~」と思っている人が少なくなさそうだ。毎度ながらアメリカの大統領選挙の本番は9月以降であり、最後は政治に関心の薄い浮動層の奪い合いとなる。

われわれだって同様ではないか。あと1年半、来年10月までには必ず総選挙が行われる。そのときにどの党に入れるか、今から決めている人はそんなに多くないだろう。

そのときの自民党総裁が岸田さんなのか、誰かほかの人なのか、裏金事件にどういう「けじめ」がついているのか、野党が何を公約し、どういう選挙協力が行われているのかなど、不確定要素があまりにも多すぎる。おそらくは「そのときになってから考える」人が多数派なのではないだろうか。

ところがアメリカ大統領選挙になると、「今日が投票日だとしたら、どちらが勝つか」という調査結果が飛び交うことになる。とくに今年のように「もしトラ」(英語では”Trump 2.0”という表現がある)が意識されていると、皆がこの数字に一喜一憂するようになる。

しかるにこの選挙の結果は、最後は6~7つの激戦州における選挙人の足し算で決まるはずである。今の時点で「どちらが勝つか」は計算不可能と言わざるをえない。

2人とも悩みを抱え、現状は「消耗戦」の様相

そして現状は、「トランプ氏は裁判」「バイデン氏は中東情勢」が悩みの種であり、選挙戦はいささか消耗戦の様相を呈している。

トランプ氏は、4月から「口止め料事件」の裁判がニューヨーク州地裁で始まった。ほかの3つの刑事裁判ではトランプ陣営の「遅延工作」が功を奏しつつあるが、実際に公判が始まってみると、やはり予想外のことが起きつつある。

トランプ氏にとっては、来る日も来る日も法廷に身柄を拘束され、さまざまな証言をじっと聞いていなければならないという事態がかなり苦痛のようである。つい法廷で「不規則発言」に及んだり、自前のSNS「ソーシャル・トゥルース」で不満をぶちまけたりしている。

その都度、裁判長に叱られ、ついには罰金を取られ、「今度やったら収監しますよ!」とまで言われている。いや、いくら前大統領だからといっても容赦してはもらえない。なにしろトランプ氏は刑事被告人なのだ。

他方、ジョー・バイデン氏を悩ませているのは中東情勢である。正確に言えば、パレスチナ問題に端を発して各地の大学で発生している「キャンパス・プロテスツ(Campus Protests)」だ。

今どき「学園紛争」とは驚きだが、ニューヨークのコロンビア大学を起点に学生デモが全米に拡散し、これからシーズンを迎える卒業式が中止というケースも増えている。すでに全米で逮捕者が2000人を超えているというから、尋常ではない。

なぜ、大学紛争がバイデン政権にとってマイナスなのか。現在の民主党支持者の間には、「上の世代がイスラエル支持で、若い世代はパレスチナに同情的」という亀裂が入っている。

昨年10月7日に起きたハマスのテロ攻撃に対し、バイデン大統領は当初は明確なイスラエル支援の姿勢だった。しかし、イスラエル軍がガザ地区へ侵攻すると、残虐行為に対する抗議の声が国内で広がり始めた。バイデン政権は途中からネタニヤフ政権に人道的配慮を求めるようになったが、何しろ素直に言うことを聞くような相手ではない。

今の状況は1968年に似ている?

しかるにバイデン氏にとって、若者の支持を失うのは致命的なことである。そうでなくても11月には82歳になる高齢のバイデン氏は、彼らから見て理想の大統領候補者とは程遠い。若者たちが11月の投票日に家で寝てしまうと、それこそ「ほぼトラ」確定ということになりかねない。

最近では、この状況が「1968年に似てきた」とも言われている。プラハの春、パリ五月革命、キング牧師暗殺の年である。アメリカではベトナム反戦デモが猖獗(しょうけつ)を極めた。日本では川端康成がノーベル文学賞を受賞し、東京・府中市で「三億円事件」が発生し、メキシコ五輪ではストライカー釜本邦茂を擁する日本サッカーが銅メダルを獲得した年である。

この年のアメリカ大統領選挙では、民主党のリンドン・ジョンソン大統領が再選出馬するものと目されていた。ところが、ベトナム戦争の泥沼化によって、予備選挙では反戦候補のユージーン・マッカーシー上院議員が大旋風を巻き起こす。するとジョンソン氏は、3月になって出馬辞退を宣言してしまう。

民主党主流派は大慌てとなった。そこへジョン・F・ケネディ大統領の弟、ロバート・ケネディ元司法長官が急遽、名乗りを上げてくれた。6月のカリフォルニア州予備選挙で勝利し、これでひと安心と思ったところ、その直後に暗殺されてしまう。今年はその長男、ロバート・ケネディ・ジュニア氏が、第3政党の候補者として大統領選挙に出馬していることも含めて、不思議と因縁めいている。

結局、8月にシカゴで行われた民主党大会では、反戦運動家たちが暴徒化し、警官隊との間で流血の惨事となった。大混乱の中で、民主党はヒューバート・ハンフリー副大統領を正式な党の候補者に指名する。しかるに妥協の産物であったハンフリー氏は、共和党のリチャード・ニクソン候補に僅差で敗れてしまう。

反戦運動の暴走に対し、ニクソン氏は「法と秩序」の回復を訴え、ベトナムからの「名誉ある撤退」を主張する。そのうえで、「私にはベトナム戦争を終わらせる秘密のプランがある」と語った。この辺りも、「私が大統領になれば、すぐにウクライナ戦争を終わらせてみせる」と豪語するトランプ氏と妙に重なって見える。

「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」かもしれない

作家マーク・トウェインいわく、「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」。2024年と1968年の間には、確かにどこかサイクルが重なっているようなのだ。

民主党にとって何よりゲンが悪いのは、今年も党大会はシカゴで予定されている(8月19~22日)。はたして、そのときまでに中東情勢が収まり、反イスラエル・デモは沈静化しているだろうか。

オキュパイ・ウォール・ストリート運動(2011年)のように長期化したり、ブラック・ライブズ・マター運動(2020年)のように全米に拡大したりすると、バイデン陣営にとっては容易ならざる事態となってしまう。

困り果てているのは、リベラル派の有識者たちである。有力紙のオピニオン欄には、その手の論説が増えている。5月1日付のニューヨークタイムズ紙では、元東京支局長で今も健筆をふるっているニコラス・クリストフ氏がこんなことを書いている(筆者抄訳) 。

「まず、学生たちの道徳的野心に敬意を表したい。自分は1960年代の反ベトナム戦争世代である。あの戦争は確かに間違っていたが、自分たちは戦争を短くすることはできなかった」

「1968年の左翼活動家たちは、平和候補のマッカーシーを大統領にすることはできず、むしろ彼らの混乱は秩序を求めるニクソンの当選を助ける結果となった。この歴史は記憶されるべきだ。善意や共感だけでは不十分で、結果が大事なのだ。あなたたちの活動はガザの人々に役立っているだろうか」

若い世代に対し、大人が苦しい「説得」、あるいは「お説教」を試みている図式である。まあ、いい大人が「君たちの気持ちはよくわかる」なんてことを言い出したら、若者は素直に信じてはいかんだろう。あいにくZ世代は新聞など読んでいないだろうし、それこそTikTokなどで情報を得ているのかもしれない。そして流行のSNSが、中国やロシアの「反イスラエル」世論工作下にあるとの観測も絶えないところだ。

学生たちが言っていることには土台無理がある。彼らの要求どおり、アメリカの大学当局がイスラエルとの関係を絶ったところで、それで戦争を止める効果があるとは考えにくい。反ユダヤ武装勢力であるハマスのことを、まるで「いい人」たちのように勘違いしているのも困ったところだ。何より彼らが学業を妨害し、ほかの学生たちに迷惑をかけ、秩序を乱していることは責められるべきであろう。

カギ握る4000万人超のZ世代

もっと言えば、ベトナム反戦世代は本心では「俺たちのときは徴兵制があったんだ」(命懸けだったんだぜ。お気楽なお前たちとは違うんだよ!)と叫びたいところであろう。世代的に近い筆者としては、その気持ちはよ~くわかる。ただし彼らもまた、上の世代からひんしゅくを買っていたことは忘れてはならないだろう。

このあたり、人類が古来繰り返してきた「近頃の若いやつらは……」という嘆きの繰り返しであって、「世代間ギャップ」以外の何ものでもなさそうだ。そして年寄りの嘆きは、つねに歴史の闇へと消えていく。歴史は若い世代に味方するのだ。当たり前だよね。

現在の10代から20代のことを「Z世代」と呼ぶ。定義的には1996年から2012年生まれを指すことが多い。日本では数が少ないためか今ひとつ目立っていないが、全世界的に見ればとくに新興国では「人口爆発」の世代である。「デジタル・ネイティブ」な彼らは、やがて世の中を大きく変えていくだろう。

アメリカ選挙においても、Z世代は着実に存在感を増している。2020年選挙に比べても4年分有権者が増加しているから、Z世代の有権者は今年4000万人を超えて、全体の17%に達する見込みだ。

「若者は投票しない」と言われつつも、2020年選挙における30歳未満の投票率は50%となり、2016年より11ポイント増加したとのこと。うち6割がバイデン氏に投票したというから、当選の立役者と言っていい。

2024年選挙で彼らがどう動くのか。その答えは半年後にならないとわからない。

(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)

ここから先はおなじみの競馬コーナーだ。5月12日には東京競馬場(府中)で、4歳以上の牝馬を対象としたヴィクトリアマイル(芝コース、距離1600メートル、G1)が行われる。

先週(5日)のNHKマイルカップ(3歳馬対象)とともに「大荒れ」になることで定評があるレースだが、昨年はソングライン(4番人気)、2022年はグランアレグリア(1番人気)、2021年はアーモンドアイ(1番人気)と、このところ順当に強い馬が来ている。

NHKマイルカップが1着ジャンタルマンタル、2着アスコリピチェーノという「2強」のワンツーになったことを考えても、ヴィクトリアマイルも堅い決着なのではないか。

ヴィクトリアマイルは「あの馬」から「馬単3点」中心で

となれば、本命はナミュール(6枠10番)。昨年秋のマイルチャンピオンシップではライアン・ムーア騎手の落馬負傷を受けて、故・藤岡康太騎手が乗り替わりとなり、オッズはいきなり1桁から約15倍まで低下した。

それでも結果は見事に「代打成功」となり、筆者には特大万馬券をプレゼントしてくれた。藤岡康太騎手は不幸にも落馬事故により帰らぬ人となったが、今回の代打は名手・武豊騎手。これは期待していいだろう。

ナミュールからマスクトディーヴァ(4枠6番)、ウンブライル(3枠5番)、モリアーナの3頭へ馬単で流してみたい。それから一発があるかもしれないハーパー(4枠7番)とライラック(1枠1番)へは、念のためワイドで流しておこう。

※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は5月18日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

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