『ジュリー&ジュリア』のメリル・ストリープ JONATHAN WENK/©COLUMBIA PICTURES/COURTESY EVERETT COLLECTION,
<『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』『ジュリー&ジュリア』の監督の評伝、そして「食べ物への愛」も気になる! ロマンチックコメディーに恋をして>
ジャーナリストのイラナ・カプランは、子供の頃に映画館で見たノーラ・エフロン監督作品の一場面をよく覚えている。トム・ハンクスとメグ・ライアンが主演した1998年全米公開の『ユー・ガット・メール』だ。
ニューヨークの書店経営者として商売敵の関係にあるジョー(ハンクス)とキャスリーン(ライアン)のロマンスに、10歳くらいだったカプランは魅了された。
「映画の終盤、2人が公園でついにキスをする前の場面にすっかり夢中になった」と、カプランは本誌に語る。
「ジョーはキャスリーンと一緒に歩きながら、キャスリーンの書店を廃業に追い込んだことを許してほしいと言う。
デートをすっぽかしても許してくれたのだから、この件も許してくれないだろうか、と」「『許してくれれば本当にうれしいんだけど』と言ってキャスリーンを見るジョーの視線と話し方には、いつ見ても心を揺さぶられる」
カプランの新著『ノーラ・エフロン・アット・ザ・ムービーズ(Nora Ephron at the Movies)』は、2012年に死去したエフロンについて掘り下げた作品だ。
エフロンは1980年代から2000年代に脚本家および映画監督として『シルクウッド』『恋人たちの予感』『マイ・ブルー・ヘブン』『ディス・イズ・マイ・ライフ』『めぐり逢えたら』『ジュリー&ジュリア』といった作品を手がけた。
「エフロンはロマンチックコメディー(ロマコメ)の象徴のような存在になった。恋愛と恋する女性を取り巻く複雑な状況をめぐる会話の在り方を様変わりさせた」と、カプランは序章で説明している。
「永遠のカリスマ」エフロンの恋愛観や人生観を反映したせりふは今も女性たちの心に響く PARAMOUNT PICTURES/COURTESY EVERETT COLLECTION私生活も作品の題材に
この新著には、エフロンと一緒に仕事をした人たちが語った公私の思い出も紹介されている。「何をするときも激しい情熱を傾け、完璧を追求した」と、俳優のヘザー・バーンズは振り返る。
エフロンの完璧主義者ぶりについては、ほかの人たちも証言している。映画プロデューサーのローレン・シュラー・ドナーはエフロンからこう言われたことを覚えているという
「四角いテーブルは使わないで。丸テーブルのほうが会話が弾むから」
「周囲の人たちの話を聞く限り、とても気難しい人だった」と、カプランは言う。「でも、女性映画監督の草分けとして、そして臆することなく本当のことを描いた脚本家として、軽く見られないためにいつも強い心を持ち、自分のやり方を貫く必要があったのだろうと思う」
62年に本誌「ニューズウィーク」英語版で働いていたこともあるエフロンは、「人生は全てネタの材料」という言葉で知られている。この言葉はエフロンのキャリアを貫く指針だった。
「人生で経験することは全て、いいことも悪いことも、愉快なことも悲しいこともことごとく、なんらかの形で将来の作品のネタになるとエフロンは考えていた」と、カプランは説明する。
カプランによれば、その典型が『心みだれて』だ。83年にエフロンが小説として発表し、その3年後にメリル・ストリープとジャック・ニコルソンの主演で映画化した作品である。
「フィクションの要素も織り込まれているけれど、エフロン自身が(ウォーターゲート事件を報じた元ワシントン・ポスト紙記者の)カール・バーンスタインとの結婚生活で経験したこと、特にバーンスタインの不倫を忠実に描いている」と、カプランは言う。
『恋人たちの予感』のメグ・ライアン(左)とビリー・クリスタル ©2024 ABRAMS, COLUMBIA PICTURES/COURTESY EVERETT COLLECTION女性たちに力を与える
『恋人たちの予感』『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』(いずれもメグ・ライアンが主演)に共通するテーマは、男女の駆け引きだ。
「完璧とは言えず、洗練されていなくて、複雑な一面を持った女性主人公が登場することもエフロンの作品の際立った特徴と言える」と、カプランは言う。
「セックスと女性の快楽をめぐり率直な会話が交わされる『恋人たちの予感』のような映画は新鮮だった。見る人がリアルだと感じ、それでいて憧れを抱けるような世界がつくり上げられていた」
エフロンのロマコメが女性に力を与えることについては、「彼女の映画を見ている女性たちは、自分も見られているように感じる」と語る。「多くの女性が登場人物に自分を重ね、自分のひねくれたところや欠点を受け入れることができた」
遺作となった『ジュリー&ジュリア』をはじめ、エフロン作品で食べ物が果たす役割も無視することはできない。
「ノーラの食べ物に対する愛は、ロマコメそのものだ。食べ物は文化や彼女の生き方を象徴している。ノーラ自身が食べ物にとてもこだわりがあることは知られていたから、映画の中で(特に食べ物を注文する場面は)彼女自身を見ているような感覚になる」
「『めぐり逢えたら』のアップルパイ、『恋人たちの予感』のサンドイッチ。主人公の女性たちが注文する場面には、妥協するなという大きなメッセージが込められているのだろう。こだわりを持って、欲しいものを頼もう、と」カプランは新著で、エフロン作品の中でも見過ごされがちなのは『心みだれて』だと指摘する。
「これは別れのロマコメだ。でも、多くの美しさもある。(ストリープが演じる)レイチェルの成長を見るのが私はとても好きだ。彼女はノーラの作品に出てくる多くの人物と同じように、勇敢な選択をする。それは決して簡単なことではない」
エフロンの映画の多くでは、ユーモアの皮をめくると個人の苦悩が隠れている。「苦悩には登場人物を形作るのに役立つ側面もある」と、カプランは言う。
インパクトのある台詞
エフロンが71歳で白血病による肺炎のため死去してから12年がたってなお、彼女のレガシーが息づいていることもカプランは分析している。
例えば、エフロンは秋のファッションの守護聖人となり、ソーシャルメディアにはメグ・ライアンが映画で着た服装があふれている。
「『恋人たちの予感』のサリーがざっくりとしたセーターを着ている姿や、『ユー・ガット・メール』のキャスリーンがカーディガンを着てカボチャを抱えてニューヨークの街を歩く場面は秋の象徴になっている。季節の変わり目と、誰もが大好きで懐かしくなるポップカルチャーが結び付いている。ノーラ・エフロンは秋の代名詞になった」
『恋人たちの予感』『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』はエフロンのキャリアを語る際に必ず言及されるが、彼女はロマコメの女王以上の存在なのだとカプランは主張する。
「彼女の作品に一貫しているのは、インパクトのある書き方だ。ロマコメ以外の映画でも、印象に残るのは彼女の書くせりふだ。決して評価が高くない作品もあるが、ノーラ・エフロンらしい脚本とノーラ・エフロンらしいせりふにハッとさせられる」
『心みだれて』で陣痛を迎えたレイチェル(ストリープ)がマーク(ニコルソン)に励まされて、「もう頑張りたくない。誰か代わりにやってくれないの?」と訴える。
『電話で抱きしめて』では三姉妹の末っ子マディ(リサ・クドロー)が姉たちに子供扱いされて、「私だってみんなに負けないくらい家族の一員よ......私も戦う!」と叫ぶ。
「見ていて思わずほほ笑んでしまう」と、カプランは言う。最後にカプランは、エフロンの一連の作品の真価が認められてほしいと言う。
「今の時代に見ている多くの映画、特にロマコメに関して、彼女がどれだけ影響を与えているかを知ってほしい。そして、彼女の作品を振り返って類似点を見つけてほしい。彼女について、知らなかった新しい何かを発見してほしい」
「次のノーラ・エフロンが現れる日は来るだろうか。これまでも素晴らしいロマコメはいくつか作られてきた。でも、ノーラ・エフロンのロマコメとは違う」
『ノーラ・エフロン・アット・ザ・ムービーズ(Nora Ephron at the Movies)』
イラナ・カプラン/Ilana Kaplan[著]
Abrams Books[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。