日々の感動や思いを率直に刻んだ言葉と絵は力強く、温かく心に響く。愛媛県西予市野村町の障害者支援施設「野村学園」で利用者が作る版画詩を通して、教育の力を伝える「どろんこのうたは人生の教科書」がこのほど出版された。詩作を指導してきた元園長の仲野猛さん(82)が2004~09年、関係企業の社内報に連載した全52回のエッセーを冊子にまとめた。
仲野さんは野村学園の職員として1970年ごろから詩作の指導を始めた。粘土遊び(粘土療法)の際、教え子が針金で字を刻んだのがきっかけだ。別の子は頭に浮かんだ詩を書くようになり、粘土を使った詩作は「どろんこのうた」と名付けられた。75年ごろから板に彫刻刀で彫り、インクで紙に刷る「版画詩」に発展。作品を紹介するカレンダーが77年版から毎年制作され、書籍も出版されてきた。
エッセーはカレンダーを印刷する不二印刷(松山市)の依頼で仲野さんが執筆。毎回版画詩を掲載し、それらの作品が生まれた背景や教え子たちの成長、交流を紹介しつつ、仲野さん自身の気づきや学び、感動をつづった。
<きょうのあさ とりがないていました もうはるですね とりはなくのが しごとです>
<はんがしつに かぜがふいてきて わたしといっしょになって あくしゅをしました>
<あおいそらは きれいなそら ふとんがほせるそら たいようがうつるそら>
「自然とのふれあいが彼らの情緒安定の源となり、生きる力となっている」と仲野さんは書いている。短く分かりやすい言葉で豊かな内容が表現されていることにも感じ入っている。
版画詩作りでは、作文や文字を書く力が未発達の場合は指導者が口述筆記で形にし、利用者同士も互いを詩で表現したり、彫刻を手伝ったりする。
<ものをいえん子でも 心の中では 詩をかいています 人間同士のふれあいがあったら しらんまにそれがわかってきます>
<しもつもれば山となる おかあさんが ぼくのしをよんで びっくりしています>
<ぼくの楽しみは 詩をかいて 社会の人に認めてもらうこと 発言、発言、発言して 社会の人に ぼくらのことを理解してもらう>
「障害があって『ものをいえん子』も表情、仕草、声音、片言などで豊かな表現をしている」「彼らは強い信頼関係で結ばれ、励まし合い、感化しあいながら詩作力、木彫力をレベルアップしていく」と仲野さんはつづった。
<なやみがあっても 詩の勉強をしてみるのが これからの 新しい人生になります>。この作品の紹介ではこう記した。「彼らにとって詩作とは、言葉で心を耕し、詩という存在の証を収穫すること」「教わり育ち合う教育の原点に返ることができます」
これらの版画詩で表現された感動体験は今も生き続け、新たに生まれている。「多くの人に伝え、感動を分かち合いたい」との思いで今回の冊子を発行した。
版画詩の指導と並行し、柔道5段の腕前を生かして障害児に基礎を教える「柔道療法」も実施。版画詩には柔道関連の作品もあり、エッセーでも数多く取り上げている。仲野さんは2024年度も野村学園の非常勤講師として20~60代の利用者二十数人に詩作を指導しつつ、愛媛県松前町の施設で柔道療法を続けている。
24年版と25年版のカレンダーの原画展が25年1月9日まで松山市立子規記念博物館2階ロビーで開かれている(午前9時~午後5時、無料、火曜休館)。冊子は300円、カレンダーは700円で、同館や野村学園などで販売している。いずれも購入の問い合わせは野村学園(0894・72・0448)。【太田裕之】
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