海底の岩の隙間(すきま)に前回の主役、アミメジュズベリヒトデの姿が見えました。その上にいるのはフリソデエビ。一見優雅な光景ですが、実はホラー映画のような、おどろおどろしい場面です。生々しい表現を含むため、読み進める方はご注意ください。
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前回は子孫を残すための、アミメジュズベリヒトデの感動的な行動を紹介しました。今回は厳しい自然の摂理です。フリソデエビはアミメジュズベリヒトデの天敵。このヒトデは今まさに食べられようとしているのです。
私が出合ったのは、フリソデエビのペアが狩りを終え、ヒトデの動きを封じ、自分たちの縄張りの岩陰に引き入れた直後だったようです。釣りに例えたら、釣りあげたサカナの「血抜き」を終えた段階。ライオンの狩りで言うと、捕らえたインパラの首をへし折った状態です。
水槽内での観察や実験だと、フリソデエビの狩りはまず小柄で素早いオスが獲物を発見。ヒトデの裏側にある細く小さな毛のような足「管足(かんそく)」を切り離し、次に大柄なメスも加わってヒトデを裏返して外皮を切り裂き、内臓などを引きずり出すそうです。
実際の海中では多くの場合、ヒトデの腕の端からむさぼります。この時も、オスとみられる左側の個体が腕の先端に移動し食べ始めました。そのため、ヒトデはすでに内臓を破られ、運ばれた後ではないかと推測したわけです。このペアは数週間かけ、ヒトデの姿形が完全に消滅するまで、ひたすら食べ続けると考えられます。
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ヒトデにとって、フリソデエビは恐怖の対象に違いありません。しかし、ダイバーやアクアリウム愛好家の間では美しい姿とその希少さから人気が高く、甲殻類の中ではナンバーワンでしょう。名称は大きな第2胸(きょう)脚(きゃく)が着物の振り袖のように見えることに由来し、成人式のころ水族館などで話題になります。
ただ、何のために大きな「振り袖」を備えているのかは分かっていません。食事の際には、振り袖の前にある針のような第1胸脚を使って、小さく切りちぎっています。
ヒトデ、特に青い体色のアオヒトデを好み、自分の数倍の大きさのオニヒトデを襲うこともあるのだとか。私がよく潜水する和歌山県南部や四国西部では、アミメジュズベリヒトデや、コペポーダを紹介したときに登場したルソンヒトデといった赤いヒトデを食べていることが多いです。
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英名は「Harlequin Shrimp(ハーレクインシュリンプ)」。ハーレクインといえば、ハッピーエンドが特徴の海外ロマンス小説ですね。フリソデエビはペアで縄張りを持ち、生涯連れ添います。狩りも夫婦の共同作業という仲むつまじさ。これが英名の由来に関わっているのなら「ホラーの印象も和らぐかもしれない」と期待してしまいます。
ところが、諸説あるハーレクインの語源の一つは「まだら模様」。転じて、まだらのタイツをはいた道化師を指すようになったのだとか。ハーレクイン出版社の社名や小説のシリーズ名は、本の装丁や社のロゴを道化師の衣装に似せたことにちなむようです。
一方、インコの羽や鉱石のオパールの関連用語としても登場するハーレクイン。こちらは本来のまだら模様の意味。フリソデエビの英名も直訳すると、ロマンスや道化師ではなく「まだらエビ」とのこと。確かによく見ると、幻想的ですてきな模様ですね。(和歌山県串本町で撮影)【三村政司】
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