「山頂」で卵を海中に放つアミメジュズベリヒトデの親(右)。ヒトデ本体右側の小さなオレンジ色の粒が卵=和歌山県串本町で、三村政司撮影

 ヒトデが立ち上がっているように見えます。こんな格好で一体何をしているのでしょう?

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 和歌山県串本町沖の海の中。夏の大潮の日の前後、奇怪な「何か」が起きます。7月半ばの昼過ぎ、満潮の「潮止まり」時刻を過ぎ、海水が動き始めたころでした。

 以前、同じようなタイミング、ほぼ同じ場所で、貝類やホヤが一斉に精子と卵を放出する場面に遭遇。視界が真っ白になる「ホワイトアウト」を体験しました。別の場所では、ナマコの一種である「ニセクロナマコ」が鎌首をもたげたヘビのように一斉に立ち上がり、精子を放出していたと聞きました。

 そのため、この日も何かが起きるかもという期待がありました。

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 このヒトデには「アミメジュズベリヒトデ」という和名がつけられています。「網目数珠縁海星」と漢字で記した方が親しみやすいでしょうか。身体の縁(へり)の網目模様が、数珠のように連なることに由来します。ヒトデは海星。英語でも「Sea Star」など、その形状から各国語でも「海の星」という意味の単語が当てられています。ロマンチックですね。

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 写真では網目の隙間(すきま)からオレンジ色の粒が出ています。これは卵。親ヒトデが放卵のため立ち上がっているのです。こうすることで、卵は動きのより大きな大潮の流れに乗って遠くへ運ばれ、生息範囲を広げるのです。

卵が遠くまでたどり着けるよう、産卵場所を求めて海の岩山の高みへよじ登るアミメジュズベリヒトデの親たち=和歌山県串本町で、三村政司撮影

 この少し前には、何匹ものヒトデが海中にそそり立つ高さ約15メートルの岩山で「ロッククライミング」をしていました。より多くの子孫を残すため、少しでも高い場所にたどり着こうとしていたのです。普段は海底やその周辺の岩場で過ごすヒトデですが、その姿は苦難に耐え、頂を目指して岩に張り付く巡礼者のようでした。

 「一寸の虫にも五分の魂」ということわざがあります。ヒトデは虫ではなく、ナマコやウミシダ、ウニと同じ「棘皮(きょくひ)動物」に分類されますが、体長2寸(約6センチ)ほどのアミメジュズベリヒトデが、子どものため懸命に巨大な岩山を登る姿は神々しく、感動的でした。

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 月に2度、満月と新月の日が大潮です。太陽と月の引力の影響で海水が大きく満ち引きし、夏は特に干満の差が大きくなります。

 夏の大潮の産卵といえば、サンゴがよく知られていますが、大潮前後とされる産卵日を正確に予測することは、決して簡単ではありません。潮と水温に加え、降水による海水の塩分濃度変化も関係しているとの研究成果もあります。同じ種でも数百メートル離れているだけで産卵日がずれることもあり、私は20年間、毎年のようにサンゴ産卵の撮影を狙っていますが、成功したのは一度だけ。数日間粘ったのに、たった1日の違いで涙をのんだことが何度もあります。

 沖縄県で大潮の夜に潜ったときには、大きなヒトデがサンゴの上に仁王立ちして精子を放出していたり、繁殖行動中と思われる正体不明の生き物が何本も管状突起を出したりしていたにもかかわらず、肝心のサンゴは卵を産んでくれませんでした。

 自然界はヒトの勝手な思惑や期待など平気で裏切ります。大潮の時に海中で起きるのは、「感動」なのか「怪事」なのか。その意外性もまた、魅力なのです。(和歌山県串本町で撮影)【三村政司】

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