中国・上海で8日に打たれた囲碁の国際棋戦「第10回応氏杯世界選手権」決勝五番勝負第3局。一力遼本因坊が謝科九段(中国)に勝って初優勝を飾り、日本代表棋士として19年ぶりに世界一に輝いた。歴史的快挙のウラには、「このままでは日本は勝てない」という危機感と、「世界一になりたい」という第一人者としての強い思いがあった。
東京都千代田区の日本棋院東京本院2階に設けられたパブリックビューイング会場(大盤解説会)。一力本因坊を日本から応援しようと、囲碁ファンやメディア関係者ら約100人が詰めかけた。
対局は午前10時半(日本時間)開始。中盤まで互角の展開だったが、謝科九段の攻勢に遭い、苦しい形勢に。しかし終盤、相手の一瞬の隙(すき)を突いて逆転すると、解説の張栩九段と聞き手の吉原由香里六段が驚きの声を上げる。
そして、一力本因坊の初優勝が決まると、会場から大きな拍手がわき起こった。一力本因坊が修業した「洪(ほん)道場」(東京都杉並区)を主宰する洪清泉四段は「道場の悲願だった世界チャンピオンが誕生してうれしい。私がやってきたことが正しいことを証明してくれたようで感謝の気持ちでいっぱいです」と弟子の快挙を喜んだ。
囲碁強国の中国や韓国、台湾の棋士らと競う国際棋戦(世界戦)での優勝は、本因坊など7大タイトル獲得と同様、棋士の大きな目標となっている。日本勢は平成初期まで、ライバルの中国や韓国とほぼ互角の戦いを繰り広げてきた。しかし、李昌鎬九段(韓国)や李世乭九段(韓国)、申眞諝九段(韓国)、柯潔九段(中国)らトップ棋士の台頭で、2005年の張栩九段以降、主要な世界戦で勝てない時期が続く。
一力本因坊も10年代半ばから本格的に世界戦に参戦したが、なかなか結果を残すことができず、苦しい戦いを強いられてきた。昨年に中国で開かれた杭州アジア競技大会でも、柯潔九段と申眞諝九段に敗れて目標のメダル獲得は果たせず、人目をはばからず悔し涙を流した。
「このままでは中国や韓国に勝てない」。一力本因坊は、日本棋院のナショナルチームにリーグ制導入を進言。タイトルホルダーや伸び盛りの若手棋士で競い合う環境を整備した結果、井山裕太王座や芝野虎丸名人、藤沢里菜女流本因坊、上野愛咲美(あさみ)女流立葵杯らが世界戦で上位進出するなど好成績を上げるようになった。
さらに今大会、一力本因坊の提案で中国語のできる許家元九段の帯同を実現。海外の大会で勝ち残った場合、孤立しがちだった経験を踏まえたものだった。本戦から帯同した許九段は通訳や練習パートナーとして一力本因坊を支えた。「許さんがいてくれたおかげで心強かった」。一力本因坊は準決勝で柯潔九段を撃破。決勝は、これまで一度も勝ったことがなかった謝科九段を3連勝のストレートで破り、栄冠をつかみ取った。
師匠の宋光復九段は「今春、河北新報社の取締役となり、囲碁以外の業務で大変な日々が続いたが、家族がいろいろと配慮してくれたことで囲碁に集中できるようになったのが大きかった」と明かし、「形勢に関係なく常に最善を尽くし、以前のように焦ってバタバタすることがなくなった。精神的に成長したと思う」と話す。
洪四段は「他の棋士や後輩たちも『私たちもできる』と自信を持てると思う。日本囲碁界がもう一回、前進する気がします」と予言した。【武内亮】
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