『SHOGUN 将軍』で吉井虎永を演じる真田 COURTESY OF FX NETWORKS

<ドラマ『SHOGUN 将軍』は「真田が真の世界的俳優となったことの証」──「アクション俳優」としての成功後、ロンドン演劇界への挑戦を経て、ハリウッドで担った「文化アドバイザー」としての役割。尊敬を勝ち取るための20年以上に渡る歩み──>

真田広之が主演とプロデュースを務めたドラマ『SHOGUN 将軍』(全10回、ディズニープラス配信)を見たか。今年のエミー賞で最多の25の候補にノミネートされ、真田の最高傑作と呼んでもよさそうだ。

この作品を見て、まず思い浮かべたのはジーン・ティアニー(1940年代のハリウッドで最高の美女と呼ばれた俳優)とミシェル・ヨーだった。

真田が自らの殻を打ち破り、ハリウッドの欧米人中心主義に挑み、日本文化や日本人俳優への尊敬を勝ち取るまでの20年以上にわたる遍歴が、彼女たちに重なったからだ。


20世紀末、40歳の誕生日を目前にした真田はキャリアの頂点にいるように見えた。ハンサムで武術の達人、歌手としても成功を収めていた。

しかし彼のイメージは固定化していた。いつでもどこでも「アクション俳優」。その限界に彼はいら立ち、キャリアの幅を広げるため、大きな賭けに出ることを決意した。

真田はロンドンへ飛び、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーによる悲劇『リア王』の公演に加わり、難しい「道化」の役を引き受けた。

ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの舞台『リア王』では道化役を演じた REX/AFLO

あの作品で、道化は最も賢い人物であり、誰もあえて口にせず、あるいは目を向けようとしない不都合な真実をリア王に伝える一方、さりげなく笑いを取って舞台の緊張を和らげる役どころだ。

英国で認められた努力

シェークスピア作品の中でも最高に難しい悲劇『リア王』で道化の役を演じ切れば、自分が単なる「アクション俳優」以上の存在であり、英語の作品でも成功できることを示せる。真田はそう考えた。「アジア人が演じるには難しい役だが、やり切ったら世界が変わる」と、彼は信じた。

正直言って、個人的には物足りなさも覚えた。しかし真田の道化役は革新的で大胆かつ勇敢で、イギリス英語も完璧だった。その演技は本場イギリスでも認められ、名誉大英勲章を授与されたほどだ。

「あの役は人生最大の挑戦だった」と、真田は言う。「あの経験が、私のキャリアに新たな風を吹き込んでくれた」

そして『リア王』の公演終了から程なくして、真田はハリウッドに移った。次々と英語の役が舞い込むようになっていた。

武術を生かす役どころもあったが、ドラマチックな役、コメディー要素のある役やロマンチックな役もあった。いずれもハリウッドの一流プロダクションが手がけ、「超一流」のスターと共演する作品だった。

こうしてハリウッドでの地位を確立した真田は、アメリカの映画界における日本人やアジア人俳優への認識を変える活動にも力を入れた。そして自分が出演する全ての映画で、いわば「文化アドバイザー」の役割を担った。異質な文化へのリスペクトを勝ち取る。「それが自分の仕事」だと、真田は言った。

ジーン・ティアニーは1942年に『チャイナ・ガール』という映画に出ている。

えらの張った典型的な白人顔で恐れを知らず、高潔(と言うか、今から見れば傲慢)なアメリカ男が戦時下(国民党政権時代)の中国で、ミステリアスで痛々しいほど美しい悲劇の中国人ヒロインに恋をする物語なのだが、その女性を演じたのが純白人のティアニーだった。

当時のハリウッドでは、非白人の役者が悲劇のヒロインを演じることなど考えられなかったからだ。


英米の映画が社会規範の広がりを反映し始めたのは、それから25年後の67年、黒人男性と白人女性の恋を描いた映画『いつも心に太陽を』だった。


脚本を書いたジェームズ・クラベルは75年に『将軍』を書き、大ベストセラーになった。その5年後、『将軍』は日本人俳優を使ってテレビドラマ化され、驚異的な成功を収めた。


ハリウッド映画が異文化を単なる背景として描き、非白人を西洋人ヒーローの引き立て役にする時代は終わった。しかし物語は、まだ西洋人の視点で語られていた。

その流れを一気に変えたのが2022年の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』だ。中国系のミシェル・ヨーが、非白人の家族に焦点を当てたハリウッド映画で堂々とヒロインを演じ、大ヒットさせた。


西洋のための物語でなく

ここで触れたいのが、真田がハリウッドや英語圏の映画に進出するきっかけとなった03年の『ラスト・サムライ』だ。トム・クルーズ主演のこの映画は、日本の文化と歴史にもきちんと配慮しており、登場する日本人はリアルで深みもあった。


ただし私は、あえてこの作品を見なかった。日本国内の権力闘争と近代世界への進出を描きつつも、結局は架空の白人(アメリカ人)がヒーローになるというストーリーに、昔ながらの白人優越意識が透けて見えたからだ。

昔の『チャイナ・ガール』がそうだったように、『ラスト・サムライ』でもヒーローはえらの張った顔の白人で、恐れを知らず高潔なアメリカ人だった。まだ、それがハリウッド映画の鉄則だった。

その鉄則を破るために、真田は『SHOGUN 将軍』を作った。それはもはや白人の、西洋の英雄のための物語ではない。人間の葛藤と野心の競い合いという普遍的な問題に迫る日本の物語だ。全ての文化は等しく重要だが、人間の物語は普遍的であり、文化や人種を超越する。

このドラマは芸術の勝利であり、アメリカの、そしてハリウッド映画の進化の証しであり、真田が真の世界的俳優となったことの証しでもある。あいにく今のアメリカでは、そんな真田の体現する理想に対し、保守的で暴力的な逆風が吹き荒れているのだが。

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