「虎に翼」の「取材」担当の清永聡・解説主幹(左)と、制作統括の尾崎裕和チーフプロデューサー=佐々本浩材撮影

 裁判所など法曹の世界は、私たちの生活からは縁遠いものかもしれない。4月に始まったNHK連続テレビ小説「虎に翼」(総合・月~土曜午前8時など)は、日本初の女性弁護士の一人で戦後は裁判官になった、三淵嘉子(みぶちよしこ)をモデルにしたオリジナルストーリー。昨年2月に制作が発表された後も、朝ドラには向かないテーマではと心配する声があった。そんな取っつきづらいテーマと、制作スタッフや視聴者をつないでいる縁の下の力持ちがいる。「取材」の役割でドラマに関わるNHKの清永聡・解説主幹だ。実際にどんな仕事をしているのか、本人に聞いた。

 清永さんは1993年にNHKに入局。社会部記者として司法の取材が長く、2016年からは解説委員を務めている。「みみより!解説」(総合・月~木曜午後0時20分)などの番組でニュースを分かりやすく伝えるのが本業だ。

 畑違いのドラマに関わることになったのは、「虎に翼」の制作統括、尾崎裕和チーフプロデューサー(CP)との出会いがきっかけだった。尾崎CPは三淵を朝ドラのテーマにしたいと考え、準備を始めたが、評伝などが非常に少なかった。そんな時見つけたのが、戦後誕生した家庭裁判所の歩みをまとめた清永さんの著書「家庭裁判所物語」(日本評論社)。家裁の創設に関わり、家裁の所長も務めた三淵の遺族や関係者にも取材し、資料を多く持っていたため、22年秋に協力を依頼したところ、清永さんは快諾。自ら希望して制作にも加わることになった。

 清永さんは、ドラマの企画段階から打ち合わせに参加。局内で制作が承認された段階で、尾崎CPや主なディレクターを案内し、三淵の遺族にあいさつに出かけた。脚本の吉田恵里香や主演の伊藤沙莉(さいり)に、三淵と家裁の歩みを講義したこともある。

 ただ、「取材」としての主要な仕事は脚本ができてから。法律や裁判所考証の専門家とともに、初稿ができるたびにチェックし、問題点を指摘している。「司法という、ドラマのスタッフが一番苦手な分野に自分がスポッとはまった。収録までの準備段階が自分の仕事だと思っています」。スタッフからの問い合わせも随時来て、1日平均5件は対応している。尾崎CPは「詳しい方が局内にいるので、スタッフが便利使いしてしまう」と苦笑する。

「虎に翼」で描かれた戦前の法廷。右から並んで座る裁判官3人と共に、検事(左端)が壇上に座っているのが現在と異なる=NHK提供

 例えば、第5週で主人公、猪爪寅子(ともこ)(伊藤)の父、直言(なおこと)(岡部たかし)が巻き込まれた「共亜事件」。清永さんは、モデルにされた昭和初期の「帝人事件」の裁判資料を探し回り、最高裁や法務省には保存されていなかったが、国立公文書館で判決の一部をなんとか見つけ出した。被告全員に無罪を言い渡し、「あたかも水中に月影を掬(きく)せん(すくい上げよう)とするの類」と検察側の強引な捜査手法を非難した判決文の内容は、台本でも生かされた。

 家宅捜索の令状や、公判期日召喚状なども当時の書式を探し出し、その画像を基にスタッフが作った。戦前戦中の裁判についての著作もある清永さんならではの仕事だ。「やっていることは記者の仕事と同じです。実際の事件をモデルに、公文書で裏付けているのでリアリティーが格段に高くなっています」

三淵(和田)嘉子が1952年に初の女性判事に任命された際の人事の書類(国立公文書館所蔵)。今回のドラマで参考にされた

 アイデアを提案し、脚本に採用された例もある。例えば「共亜事件」で逮捕された直言が、裁判で起訴内容の認否を問われた場面。直言は、取り調べで検事に「君の証言で全員を釈放できるんだ」とすごまれたことを思い出し、「取り調べの際、私が罪を認めれば私だけでなく上司や他の人間も罪が軽くなると自白を強要されました」と証言し否認する。このあたりは「ぜひ入れてほしい」とお願いした部分だった。自白しないと、取り調べで長期間拘束される「人質司法」の問題は今も残る課題だからだ。「被告人の立場の弱さは戦前と今も地続き。ドラマではっきり言うわけではないけれど、そういうことも見ている人に伝われば」

 4月の放送開始後は、ドラマで描かれた時代背景などを「みみより!解説」などで説明。最近は「午後LIVEニュースーン」(総合・月~金曜午後3時10分)の金曜午後4時台にも定期的に出演している。SNS(ネット交流サービス)でドラマのさまざまな考察が飛び交う時代に、その意義を感じている。戦後の裁判は裁判官のみが最上段に座るが、戦前の「共亜事件」のシーンでは、検事が裁判官とともに壇上にいる法廷風景が映り、SNSでは正しいのかと指摘する声も上がった。それに対して、清永さんは事前に見つけてあった当時の資料を「ニュースーン」内のコーナーで示すことで打ち消すことができた。「中には事実と異なる考察や、明らかな思い込みもある。ドラマの興味を高める方向であれば種明かしもいいということで、仕事としてやっている」

 「虎に翼」は、ジェンダーや戦争、差別など問題意識がそれぞれ異なる「とがった」スタッフが集まった。それらを尾崎CPが一つのチームに「奇跡的に」まとめ上げ、脚本の吉田が寅子ら登場人物に落とし込んでいると清永さんは言う。では、自身がドラマに託す思いは何なのだろう?

 「戦後の民法や家庭裁判所がそうだったように、司法は本来、弱い人や少数者の味方であってほしい。このドラマには、私を含め、スタッフみんなの願いも込められていると思ってもらえるとうれしいです」【佐々本浩材】

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 8日から始まる第15週「女房は山の神百石の位?」では、昭和26年、視察のためにアメリカに行っていた寅子が帰国したところからスタート。雑誌の取材を受け、ラジオにも出演。「家庭裁判所の母」などと呼ばれ、後輩も出来て順風満帆だったが……。

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