こまばアゴラ劇場にて HISAKO KAWASAKI-NEWSWEEK JAPAN

<現代演劇の旗手として、また文化政策のオピニオンリーダーとしても活躍する劇作家・平田オリザ。その活動拠点だったこまばアゴラ劇場が5月末で閉館した。前回「「1億円の借金を引き継いだ20代だった」 平田オリザ、こまばアゴラ劇場の40年をすべて語る」に続くロングインタビュー第2弾は劇場閉館の真相と今後の拠点・豊岡での活動に迫る>

2011年に講演会のために兵庫県豊岡市を訪れた平田は、ほとんど活用されていないコンベンションセンターの活用方法として、演劇やダンスの稽古場としての可能性を相談され、その結果「城崎温泉アートセンター化構想策定委員会」のアドバイザーに就任する。

半年の議論を経て、世界的にも珍しい舞台芸術に特化した滞在制作施設「城崎国際アートセンター(KIAC)」が2014年に誕生した。そして、これをきっかけとして、平田と豊岡市を中心とした兵庫県北部の但馬地域とのつながりが深まり、同地域の学校で演劇を用いたコミュニケーション教育を実施。県立の芸術文化観光専門職大学の設立に携わり、学長に就任した。さらには平田自身の豊岡への引越しや青年団の本拠地の豊岡移転など、公私にわたって大きな変化が続いた。

豊岡への拠点シフトとアゴラ閉館

──最初、青年団として豊岡への本拠地移転を発表したのが2017年。当時、青年団は豊岡に移転はするけどアゴラ劇場についてはそのまま継続して、平田さんは芸術総監督を退いて、青年団演出部が集団で劇場を運営していくという話でした。

アゴラを本当に売ろうって決めたのは、ちょうど1年前、2023年5月くらいで、その時には2年くらいかけて売却すると劇団員たちに言ったんです。だから2024年度の上半期の利用団体の募集も始めて選定までしたんですよ。そしたら、売るって決めて1カ月くらいで不動産屋さんもびっくりするくらいのいい条件のオファーが来ちゃったので、2024年5月閉館というのが急に決まったんです。

売却の理由は色々あります。借金の話で言うと、もうちょっとで完済くらいのところまで行ったんですよ。最大で1億3000万円くらいあったのが、2000万円くらいまで減って、米びつで言えばもう底が見える感じ。そこまでいった時に豊岡移転の話が出てきて、借金が減って借り入れ余力ができたので、それでまた借金をして江原河畔劇場を作ったわけです。それは1億円もかかっていません。

それでも回収していけると思っていたところにコロナのパンデミックが来て。さすがにそれは辛かったっていうのがまずあります。これが1つ目。

それから、これはしょうがないところもあるんですが、助成金制度が非常に画一化、形骸化してきていて、アゴラは地方の拠点劇場の扱いなんですよ。そうすると岸田戯曲賞の受賞者を何人生み出しましたとかは評価の対象じゃなくて、駒場小学校の生徒を何人招待しましたかみたいなレベルの話になっているんです。うちを評価するカテゴリーがないんですよ、そもそも。

もっと大きな世田谷パブリックシアターのように屋台骨がしっかりしている劇場への助成はあるんだけど、うちはこんなに屋台骨が小さくて、それでもこんなに演劇界に貢献している劇場は想定されてない。どんなにやっても、ちょっと評価と助成金の金額が見合わない状態が、ここ7、8年ずっと気になっていたというのもあります。

それから定性的なところで言うと、集団指導体制はなかなか難しい。借金がなければいけたと思うんですけど、借金もあって助成金も大変でとなると、なかなか難しいなっていう。そうでなければ、1人に任せることもできたと思うんです。多田淳之介とか松井周とか優秀な人材はいくらでもいる。でも、これだけの借金があるなかで任せるのは、彼らの未来の活動を奪ってしまうことにもなるので、ちょっと申し訳ないなと思っていました。芸術監督ってやっぱり大変なんですよ。

既に看板も取り外され閉館から約1カ月経ったかつてのこまばアゴラ劇場。HIROYUKI MASAKI-NEWSWEEK JAPAN

青年団の本拠地となった豊岡市の江原河畔劇場は、1935年に建築された旧豊岡市商工会館をリノベーションして2020年に劇場としてオープン。

集中して創作ができる豊岡

──東京はアトリエ春風舎*は残りますけども、青年団の活動拠点としてはほぼ完全に豊岡の江原河畔劇場にシフトされます。

そうですね。アゴラより広いです。定員140名くらいです。

*板橋区向原にある青年団の稽古場兼アトリエ兼劇場。客席数はこまばアゴラ劇場と同じ60席。芸術監督は大池容子。

──その違いはこれから先の創作に何かしら影響を与えますか?

いや、そんなにはないですね。ただ、江原のほうが集中して作れることは間違いない。利賀村*に似ているのでノイズも少ない。豊岡に移住した劇団員は12、13人くらいで、家族を入れると30数名います。劇場近くに劇団でもっているアパートもあるので、新作を作るときは東京在住者はそこに宿泊して集中して稽古できるので、それは環境としては断然いい。自然もあるし。

それと、すでにこの十年ほど新作はKIACで作っていたし、実はその前も利賀村で作っていたりしていました。東京で新作を作らないとこだわっているわけではないですが、アゴラの稽古場はちょっと狭いんですよね。

*富山県東礪波郡にある過疎の村。世界的な演出家・鈴木忠志が劇団の拠点を1976年に移し、1982年から世界演劇祭を開催したことで、合掌造りの過疎の村が世界的にその名を知られることになった。2004年周辺町村と合併、現在は南砺市の一部。

──江原河畔劇場は、ウェブサイトを拝見するだけではあまり公演のスケジュールが出てなくて、一見すると稼働していないように思えますが。

そうですね。地方なので豊岡演劇祭を中心に動いています。たじま児童劇団*や障害者向けの劇団のワークショップとかも多くて、毎週末何かしらやっているんですけど、公演としては年間で4、5本かな。あと、公開リハーサルとか、そういうのもあります。最近は、芸術文化観光専門職大学の学生もサークルでちらほら使うようになってきました。

*江原河畔劇場を拠点に活動する小学生4年から高校生までが在籍する劇団。小学生は劇場での発表会、中高生は本格的な公演を行っている。

アートのライセンスビジネス

平田と青年団の豊岡移転のきっかけとなった城崎国際アートセンター(KIAC)は豊岡市が運営している。

──豊岡は中貝宗治前市長が平田さんを招聘して演劇を中心とした街作りを推進したわけですが、そのきっかけとなったKIACが開館してちょうど10年経ちました。

オープンして10年で、毎年20数カ国から100件近い利用申し込みがあって、その中から10数団体を選んでいます。日本の劇場は滞在制作機能をもっていないので、例えば神奈川芸術劇場や東京文化会館などが制作する作品を、実はKIACに滞在して作っているんですよ。それは予想していたんです、そういうニーズはあるだろうと。

ただ、1つだけ予想してなかったのが、東南アジアのアーティストが自分の国で獲得した助成金で来られるようになったこと。それは、20年前にはない状況です。以前は日本の国際交流基金が呼ぶ一方だったのが、東南アジアの経済発展で、タイとか、特にマレーシア、シンガポールなどは文化予算が結構あるので、自分で国内の助成金を取って日本に来られる。そのときにKIACの滞在制作アーティストに選ばれたというお墨付きが効くんですね。私たちでいうと、アヴィニョン演劇祭*から正式招待されたみたいな感じです。

でもこれって、今後日本の生きる道なんです、まだブランド力はあるから。日本はこれからこういう、ライセンス型の商売で食っていくしかないわけです。アメリカだってそうじゃないですか。iPhoneという商品そのものは作ってなくて、ライセンスで商売しているわけでしょ。アートもちょっと似たところがあるので、これからは日本に来てもらって作ってもらうっていうことですよね。

*南仏のアヴィニョンで毎年7月に3週間にわたって行われる国際演劇祭。延べ10万人の入場者数を誇り、1000以上の自主参加団体の作品が上演され、質量ともに世界でもっとも重要な演劇祭とされる。

──演劇と街の関係でいえば、2020年から始めた豊岡演劇祭があります。フリンジ*をメインにしたというのは、地方都市で国際美術展がもてはやされていることへの、カウンターみたいなところもあるのかなと。

いや、カウンターってほどではないです。演劇祭も今ヨーロッパでも多様になっていて、クンステン・フェスティバル・デザール**みたいなコンセプチャルで尖ったものでクオリティを保つものもあるんですけど、僕が親しんできたのはアヴィニョン演劇祭のような見本市型です。

それで、アゴラもそうですけど、ちょっと玉石混交のほうがいいと個人的にも思っていて、芸術監督とかプログラムディレクターが鋭くプログラムを決めないほうが僕は好きなんですね。「なんでこんなの選んだんですか?」くらいのものがあっていいんですよ、アートだから。それはなかなか最初理解されないんですけど。もう豊岡演劇祭のスタッフたちも、コンセプトとかあまり言わなくなってきたので、いい感じになってきたかな。若い人のほうがね、コンセプト、コンセプトっていうんです。「平田オリザにコンセプトなんかねぇよ」っていつも言ってるんですよ。いいんだよ、いろんなお客さんが来ればって(笑)。

*演劇祭の公式招待作品ではなく、劇団が自ら参加申し込みして上演される作品。
**ベルギーのブリュッセルで毎年5月に開催される演劇祭。若手アーティストを起用しプログラムの約半分が世界初演など、各国の演劇関係者が注目している先端的な演劇祭。

平田オリザへのロングインタビュー、次回は平田のもう一つの顔、教育者としての活動を取り上げる

青年団の現在の拠点になっている江原河畔劇場


青年団の本拠地となった豊岡市の江原河畔劇場は、1935年に建築された旧豊岡市商工会館をリノベーションして2020年に劇場としてオープン。こちらは地元民放によるオープン当時のニュース。 サンテレビ / YouTube


城崎国際アートセンター


平田と青年団の豊岡移転のきっかけとなった城崎国際アートセンター(KIAC)は豊岡市が運営している。こちらは豊岡市による広報映像。 ToyookaCityOffice / YouTube

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