日本公開中の『マッドマックス:フュリオサ』は環境破壊と気候変動で砂漠化した世界が舞台 ©2024 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

<人気映画250作品のうち気候変動を描いたのはわずか9.6%。現実世界が架空のディストピアに近づく今日、映画による世論喚起が不可欠だ>

『マッドマックス』シリーズの最新作『マッドマックス:フュリオサ』で、ジョージ・ミラー監督は、壊滅的な環境破壊と激しい気候変動によって砂漠化したディストピアの世界に私たちを引き戻した。

ミラーがシリーズ第1作で、砂漠化の進んだ世界で水とガソリンを追い求めて疾走するギャングを描いたのは1979年のこと。

あれからおよそ45年、ニューヨーク・タイムズ紙の映画評論家マノーラ・ダージスが指摘したように、「ミラーの描く焼け焦げた世界と現実世界の距離はだいぶ縮まった」。

実際、最も主要な温室効果ガスである二酸化炭素の大気中濃度は、79年には340ppmを少し下回る程度だったが、現在は420ppmを突破している。それに伴い、世界の平均気温も上昇してきた。

2023年は、観測史上最も暑い1年だった。世界中で激しい嵐や熱波、山火事のニュースが相次いだ。にもかかわらず、映画の世界では気候変動を目の当たりにする機会は少ない。

この点は問題だと、気候変動活動家のアナ・ジェーン・ジョイナーは本誌に語る。彼女が創設した団体「グッドエネルギー」は、ハリウッド映画における気候変動問題の存在感を高めることを目指す活動に取り組んでいる。

「映画は、今日の世界で最も強力にストーリーを伝えることのできる手段だ」と、ジョイナーは言う。「映画に気候変動を登場させることの重要性は本当に大きい」

世論喚起のカギを握る

グッドエネルギーは、米コルビー大学のバック気候環境研究所と協力して、13~22年に公開された250作の人気映画を対象に、作品内で気候変動の現実が描かれているかどうかを調べた。

具体的には、ストーリーで描かれる世界に気候変動が存在しているか、そして登場人物が気候変動を認識しているかを点検した。

すると、この「気候現実テスト」に合格した作品は全体のわずか9.6%にすぎなかったという。

動画配信サービスが台頭してほかの娯楽との競争が激化するなか、映画産業は近年、苦境に立たされている。そうした状況で、硬い社会問題を取り上げる作品を作る意欲が落ち込んでいるのかもしれない。

この4月には、気候変動をはじめとする社会性の高い映画を製作してきたパーティシパント・メディアが廃業を決めた。

ジョイナーはハリウッド映画における気候変動問題の存在感を高める活動に取り組む MICHAEL KOVAC/GETTY IMAGES FOR GOOD ENERGY

しかし、気候変動対策を推進するためには、映画を通じて世論の関心を高めることが不可欠だと、ジョイナーは指摘する。「歴史を振り返っても、ストーリーテラーとアーティストが参加せずに成功した社会運動はない」

ジョイナーによれば、気候変動が登場する映画にはさまざまなタイプがある。

比較的多いのは、スーパーヒーローが活躍する大規模予算のアクション映画だ。ディストピア的未来や、ヒーローが阻止しようとする陰謀の一部として気候変動が描かれる。

『アクアマン』『ファンタスティック・フォー』『ジャスティス・リーグ』『アメイジング・スパイダーマン2』などがそうだ。

一方、気候変動が作品のプロットを大きく左右することこそないが、登場人物の会話に出てくる作品もある。

「このタイプの作品も心理面での重要性が大きい。気候変動を話題にするのは当たり前で、気候変動を恐れる感情を抱いてもいいのだと感じてもらえる」と、ジョイナーは言う。19年のロマンチックコメディー『マリッジ・ストーリー』はこのタイプだ。

さらに、「気候の世界」をつくり上げる映画もある。ジョイナーによれば、「ストーリー全体に気候変動問題が織り込まれていて、登場人物の人生とストーリー展開にも影響を及ぼす」タイプである。22年の映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』はその一例だ。

明るい兆しも見え始めた

気候現実テストに合格した映画はわずかにとどまったが、明るい兆しもある。

かつて何千作ものテレビドラマと映画を調べた際には、気候変動を取り上げた映画は3%に満たなかった。それに、今回の調査対象期間のうち、後半の5年間の「合格作」の数は、前半の5年間の2倍に達している。

ジョイナーによれば、興行収入面でも注目すべき点がある。気候現実テストの少なくとも一部の基準を満たす作品は、そうではない作品と比べて興行収入が10%高いという。

気候変動を織り込めばヒット確実だと主張しているわけではない。それでも、「気候変動もの」は観客に敬遠されると懸念する必要はないと、ジョイナーは話す。

『ソイレント・グリーン』ではヘストン扮する主人公(左)が暑さに苦しむ AFLO

環境という題材は、19世紀末の映画黎明期にさかのぼる長い歴史を持ち、ジョイナーのような活動家はその伝統を受け継いでいる。

そう指摘するのは、米イースタンイリノイ大学のジョゼフ・ヒューマン名誉教授(コミュニケーション学)とロビン・マリー名誉教授(英語学)だ。

映画における環境問題の描き方について複数の共著がある2人は、最も初期の例として、「映画の父」と称されるフランスのリュミエール兄弟の短編作品を挙げる。

1897年に現在のアゼルバイジャンの首都バクーで撮影されたもので、極めて初期の大規模油田の光景を捉えた映像だ。

「現代なら環境災害と呼ばれるはずの出来事が、当時は石油生産という偉業と見なされていた」と、ヒューマンは本誌に語る。

映像では、巨大油井が煙と炎を噴き上げ、その手前を1人の人物が歩いている。「有害で恐ろしい環境だと分かるが、この人物は気にしていないようだ」

ホラー映画やアクション、西部劇、コメディー作品を対象に長年研究を行ってきたヒューマンとマリーによれば、映画での環境問題の扱われ方は、このテーマをめぐる世間の認識とともに変わる傾向がある。

石油危機が起き、アースデイが創設された70年代には、環境問題を扱う作品も増えた。「環境的変化に対する新たな見方に呼応する映画が作られた」と、マリーは指摘する。

いい例が、73年のSF映画『ソイレント・グリーン』だ。温室効果を初めて取り上げた大手スタジオ作品の1つである本作では、人口過多と食料不足に悩む世界で、チャールトン・ヘストン扮する主人公が暑さに苦しみ続ける。

現代の多くのハリウッド大作には気候という視点が欠けているが、低予算映画や独立系作品、ドキュメンタリー分野では環境問題がブームになっていると、マリーは言う。「気候変動への意識の高まりを反映した動きとみている」

問題は観客に行動を促すことができるかどうかだと、ヒューマンは話す。「知識を提供することは可能だ。だが今のところ、それは必ずしも行動につながっていない」

危機の時代の「物語」を

まるでハリウッド映画のような歴史的偶然と言うべきか、リュミエール兄弟の作品の舞台になったバクーで今年11月、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が開催される予定だ。

グッドエネルギーのテストに合格した『ドント・ルック・アップ』(21年)は気候変動問題に正面から取り組むが、少なくとも直接的な形ではほぼ触れていない。

主人公は、レオナルド・ディカプリオとジェニファー・ローレンスが演じる科学者2人。地球に小惑星が衝突する危機が迫るなか、2人はポップカルチャーにしか興味のない世間に警告しようと奔走する。

気候変動の寓意として小惑星の衝突を描くことで、この映画は政治やメディアという障害をコミカルに風刺する。

気候変動の啓発活動に約20年前から携わっているジョイナーにとっては、心に響く作品だ。危機に無関心な人々の反応は「最初の10年間に私が体験したことと同じ。だから、この映画を見てカタルシスを感じた」。

ジョイナーの活動の原点は生まれ育った環境にある。

出身地である米メキシコ湾周辺は、海面上昇や異常気象といった気候危機の最前線。著名なメガチャーチ(巨大教会)の牧師で保守派論客の父親は、気候変動の懐疑論者だ。「気候への不安、悲しみや怒りを私自身も味わってきた」

そんな暗い感情に対処する際に、彼女はしばしば物語の力に頼ってきた。

「気候変動の時代である今、人々は意味を求めて物語に目を向ける。これまでもずっとそうだったように」と、ジョイナーは言う。「だからこそ、ハリウッドに焦点を当てる意義がある」

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