ニューヨークで24年ぶりに再会したノラとヘソンは互いの思いを確かめる COPYRIGHT 2022 ©TWENTY YEARS RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED
<幼なじみの運命の人との再会に複雑な思いが交錯。韓国出身セリーヌ・ソン監督が、実体験に基づく作品『パスト ライブス/再会』の意味を語る>
ニューヨークの、とあるバー。カウンターに座った女性の両隣には、友人でも他人でもない男が2人。誰にとってもすごく特別な夜だ。
これは『パスト ライブス/再会』で衝撃の監督デビューを果たしたセリーヌ・ソンの実体験であり、24年の歳月を隔てて再会を果たした幼なじみの男女の深い「因縁」を描く映画の原点でもある。
エンディングは謎めいていて、主人公のノラ(グレタ・リー)と初恋の相手ヘソン(ユ・テオ)、そして現在の夫アーサー(ジョン・マガロ)の心の内が語られることはない。胸が張り裂けそうなシーンだけれど、誰もが最後に、自分の望んでいたものを手に入れる──監督のソンは本誌にそう語った。
作中のノラとヘソンは幼なじみで引かれ合っていたが、ノラは12歳で韓国を離れてカナダに移住した。監督のソンも幼い時に韓国からカナダに渡り、大人になってからニューヨークに移り住んだ。
そしてある晩、「私はバーにいて、韓国から訪ねてきて韓国語しか話せない幼なじみの男と、英語しか話せない今の夫の間に座っていた」。その瞬間、作品のインスピレーションが湧いたという。
映画の後半でノラとヘソン、アーサーの3人は同じバーに戻り、ああこれが「イニョン」というものかと納得する。イニョンは韓国語で「因縁」の意。そう、この2人は深い縁で結ばれていて、前世でも来世でも出会う運命なのだ。
謎めいたラストシーン
映画化の何年も前に、ニューヨークのバーで幼なじみと今の夫の言葉をせっせと通訳していたとき、ソンは気付いたという。
「私は言語と文化の壁を越えて行き来しているんだ、私自身の内面にある2つのパートを行き来しているんだと......。自分は同時に2つの異なる存在であり、相手によって別の自分になっている。けれど、どちらの存在も自分なの」と彼女は言った。
「すごく特別な感覚だった。なんだか、自分の過去と現在と未来をいっぺんに見ているみたいな感じで」
カウンターバーでの濃密なシーンの先には、謎めいたラストシーンが待っている。そこでは、ノラもヘソンもアーサーも「望んでいたものを手に入れる」らしい。
ヘソンは韓国の首都ソウルから、13時間もかけてニューヨークへ飛んできた。「12歳の少女としてしか覚えていない女性にもう一度会って、過去の扉を閉めるため」だった。
ラストシーンでは、歩道で向き合うノラとヘソンが恍惚とした表情で見つめ合い、空港行きのタクシーを待つ姿が映し出される。2人は無言で熱い抱擁を交わし、最後にヘソンがノラに言う。「じゃ、また(来世で)会おうね」
主演のリーはソン監督(右)の体験をスクリーンに再現した COPYRIGHT 2022 ©TWENTY YEARS RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED昔の自分に「さよなら」
ヘソンを乗せたタクシーが走り去ると、ノラはとぼとぼとアパートへ帰る。建物の前では夫のアーサーが待っていた。ノラは彼に抱き付き、泣きじゃくる。
「ノラは、(昔の自分に)さよならを言う必要性に気付いていなかったと思う。でも思い切り泣いたことで、12歳の時には言えなかった『さよなら』を言えたのだろう」
ちなみにアーサーも、このシーンで「彼なりのハッピーエンド」を迎えた。少なくとも監督はそう考えている。
ノラが本当に結ばれるべき相手はヘソンなのではないか。アーサーはそんな疑念を抱き、時空を超えて何十年も続いてきた恋には「勝てっこない」と口走る。ある場面では、ノラが寝言では韓国語しか口にしないことを明かし、「君の中には僕の入れない世界があるみたいだ」と言う。
そんなアーサーも、ラストシーンで泣きじゃくるノラの姿を見て、これが自分の本当の妻なんだと気付く。「泣き虫だった12歳の少女が自分の家に帰ってきた」のだと。
今にして思えば、この映画の原点は自分自身の底なしの孤独感にあった、とソンは言う。あのバーに座り、自分の過去が自分の現在に語りかけるのを通訳していたときの感覚は誰にも理解できないと、当時は思い込んでいた。
「この場で、こんなふうに感じているのは自分だけだろう」と感じた瞬間に、この作品のインスピレーションが湧いてきたと彼女は言う。
しかし『パスト ライブス』を撮る過程で彼女の孤独感は薄れていき、主人公のノラと同じように、自分を取り戻すことができた。
「こんな感覚は自分だけのものだと思っていたけれど、本当は誰にもあると気付いた。過去に出会った誰かや、今そこにいる誰かが自分の姿を鮮やかに照らし出して、矛盾しているようだけれど真実の自分を見せてくれる。そんな感覚を、みんな持っているんじゃないか」
「あの夜から何年もたち、ようやく私は、こんな感覚を抱いているのは自分だけじゃないと気付いた」とも、ソンは言った。「自分の過去が現在や未来に語りかけてくるのを眺めている感覚は、きっと誰にでもある。そう思えてからの私は、もう孤独をあまり感じなくなった。本当の自分に戻る女性を描いた映画で、私自身も自分を取り戻せた。これってすごいと思う」
本作はサンダンス映画祭で絶賛され、アカデミー賞でも作品賞と脚本賞にノミネートされていたが、惜しくも受賞は逃した。「この映画に関わってくれた多くの人たちの人生と時間を両肩に背負っている感じ」と語っていたソンは、悔しい思いをしているに違いない。でも前を向こう。だって(来世ではなく今生に)次作があるのだから。
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